右ストレートと左アッパー
貸し切りのテニススクールの、薄暗い通路に木霊す少女たちの悲鳴。
「ど、どど、どうして先生が、テニススクールに!?」
「ここって今、ウチらの貸し切りじゃなかったワケ?」
「うわぁ、先生にパンツ見られたァ!」
ボクの背中から、メルリとエレト、アルキの、慌てた声が聞こえて来た。
彼女たちとすれ違ったとき、色取り取りの下着や、フリフリなアンスコが目に入った気がする。
「お、落ち着け、お前たち……見てない、ボクはなにも見てないぞ」
「そんなワケあるかァ!」
「い、いいから、振り向かないで下さいッ!」
「はいィ!」
マイヤとカラノの激昂した声が、ボクの視線を正面で固定された。
「オイ、お前たち。なにがあ……った?」
そのとき、ボクの目の前のドアが開いて、中からバスタオル姿の少女が現れる。
「せ、先生。な、なんでこんなところに!?」
少女はボーイッシュなショートヘアで、目が合ったボクに話しかけて来た。
「タ、タリアか。パーカーを着てないから、一瞬誰だか解らなかったよ。実は、これには色々とワケが……あって……だな?」
「ヒアッ?」
すると、慌てて飛び出して来たからか、脚を大きく開いたためかは解らないが、タリアの身体に巻き付いていたバスタオルが、フワリと床に舞い落ちる。
「イ、イヤアアァァァァーーーーーーーッ!?」
タリアの打ち降ろし気味の右ストレートが、ボクの左頬にクリーンヒットした。
「見るなァーーーーッ!!!」
右によろけ、倒れ込もうとしているボクのアゴ先を、今度は左のアッパーカットが激しく突き上げる。
薄暗いハズの通路の天井照明が、真っ白に輝いて見えた。
視界が完全に、白い光にフェードアウトする。
「……い……だいじょ……」
「せんせ……目を……」
遠くの方で、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……いい加減、目ェ開けろよ。ホレ、ジュース」
左の頬に、冷たい何かが当たった……と感じたその時、激痛が脳ミソを支配する。
「グオオオォォーーー、痛いぃぃぃいッ!!」
膨らんだ頬を押えて、飛び起きるボク。
隣でジュースを持った友人が、ケタケタと笑っている。
「あ、やっと起きた」
「もう、先生。覗きなんてするからだよ」
タユカとアステが、意識を取り戻したボクに向かって言った。
「べ、別にのどきなんで、するずもりざ……」
頬っぺたの内側まで腫れあがっていて、上手く喋れない。
「イヤァ、悪かったな、先生。咄嗟に手が出ちまってよ」
タリアが、申し訳無さそうな顔で言った。
今は引き締まった裸体では無く、トレードマークのパーカーを着ている。
「しっかし、まるでタンコブみてェに腫れてるな。そんなにスゲーパンチ、貰ったのかよ?」
友人の質問に答えてやりたいが、口の中は血だらけだし、アゴは割れるように痛いしで、それどころでは無かった。
「タリアお姉さまは、亡きお父さまの影響で、幼い頃よりボクシングをされていたそうです」
「わ、わたし達、テニスサークルの帰り道に、盗撮をしてくる男たちに襲われて……」
「でもお姉さまが、群がる男どもを全員やっつけて、助けてくれてさ」
喋れないボクの替わりに、アステとメリルとエレトが、友人に説明してくれている。
彼女たちも今は、テニスウェアをモチーフにしたアイドル衣装を着ていた。
「ボクたちのスカートの中を取った動画が、ネットに流出しちゃって、イヤな思いをしたケドね」
「そ、それにお姉さまが、わたし達を助けたせいで、警察に連れてかれちゃったの」
マイヤとタユカも、解説を継いでくれる。
「一時は裁判沙汰にまで、発展してしまったのですが……」
「なんとかなったァ!」
カラノからアルキにバトンが渡ったところで、7人の少女たちによる説明は終了した。
「その事件、知ってるよ。ネットやテレビで、随分と話題になったしな。そっか、キミたちはあのとき話題になったコたちなのか」
友人はこうして、クライアントの少女たちとの出会いを果たした。
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