変わり始める世界
天空教室は、久慈樹社長の茶番の道具にされた。
「角度はこんなモンすかね」
「自動フォーカス、被写体追尾機能を持った最新鋭のカメラだ。壊すなよ」
撮影スタッフによって、無数の小型カメラが設置される。
「これじゃやってるコトは、あのコたちを襲ったヤツらと変わらないじゃない」
「少しばかり、度が過ぎやしませんか、社長」
ユミアとタリアが、久慈樹社長に詰め寄った。
「キミはともかく、ボクシング経験のある後ろの娘に殴られたら、タダじゃ済まなさそうだね」
「そうよ。タリアは既に何人もの男を、病院送りにしてるもの」
「よせよ。そこ、自慢するところじゃねーし」
「もちろん、カメラの設置は教室の中だけにするよ。視聴回数稼ぎには、ローアングル撮影くらいしたいところではあるが……」
「高価なカメラが、ペシャンコになってもいいならやるといいわ」
「解ってるよ。そんなコトをすれば、例の弁護士に上げ足を取られかねないからね」
久慈樹社長は、引き連れて来たスタッフと共に部屋を後にする。
「これでやっと、いつもの教室に元ったわね、先生」
栗毛の少女は、ホッとため息を付いた。
「ふえ~、ヤレヤレだよ。緊張した~」
「おい、バカライオン。撮影は続行されてるのを忘れるな」
「うえええ、そ、そうだったぁ!?」
タリアに注意され、慌てて開いた脚を閉じるレノン。
「カメラのマイクで、音声も録音されてるんだよな」
「そりゃそうでしょ、先生」
「下手に噛めにゃ……あッ、しま!?」
「ぷっ、プフフ……」
「ギャハハ、噛めにゃいだって。先生カワイイ」
「ユミア、レノン~!」
教室が、穏やかな笑いに包まれる。
「それじゃあ、授業を始めるぞ。今日は、社会科の授業だ」
一つだけ空いたキアの席が気になってはいたが、ボクは教壇に立った。
その日の授業を、教室のちょっとした変化くらいにしか思って無かったのだ。
「ところでタリア、彼女たちは馴染んできてるか?」
授業が終わるとボクは、制服の下にフード付きパーカーを着た少女に話しかける。
「そうだね、けっこう馴染んて来たと思う」
タリアか関わった事件の、被害者である七人の少女たち。
まだ中学生の年齢の彼女たちが、高校生との集団生活に馴染めているかが心配だった。
「心配ないですよ、先生。お姉さま以外の先パイも、みんな優しいですし」
パステルブルーのロングヘアの少女が言った。
「それを聞いて安心したよ、アステ」
「アステは、テニスサークルのリーダーなんだ。みんなをよく纏めてくれている」
「エヘヘ。それホドでも……」
「アステったら、タリアお姉さまに褒められて照れてるわ」
「べ、別に照れてなんかないよ」
顔を真っ赤に染めながら反論するアステに、サークルの仲間からも笑いがこぼれる。
「どうやら心配は無さそうだな。オレはこれから、キアの家に行ってみるよ」
「先生、住所知ってるの?」
「悪い。また頼まれてくれないか、ユミア」
「まったく、世話の焼ける先生ね」
ユミアはそう言いつつも、手早く情報を集めてくれた。
「そう言えば先生、転居期限は明日までなんでしょ。もう次の転居先は、見つかった?」
「それが、まだなんだ」
「そ、そう。大丈夫なの?」
「大丈夫では無いんだが、やっぱキアのコトの方が気になるし……」
「仕方ないわね。目ぼしそうな物件、見つけといてあげるわ」
「な、なるべく手ごろな値段で、頼む」
アパート探しをユミアに任せ、ボクは下界へと降るエレベーターに乗る。
「キアのヤツ、妹の身を心配してたよな。何もなければいいんだが」
最後に見た彼女の背中に、カニ爪エレキギターは無かった。
「ユークリッドと教民法によって、人生を狂わされた人たち……」
久慈樹社長の言葉には、可児津 姫杏やその家族も含まれているのだと、改めて感じながら高層高級マンションを後にした。
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