プロポーズ
ボクは久慈樹社長と、天空教室へと向かうエレベーターの中に居た。
透明な筒の中を上昇する透明ガラスに覆われたゴンドラは、外の様子も簡単に確認できる。
「マークさん、教室で何もしてないと良いんですが……」
ボクは、久慈樹社長の背中に話しかけた。
「残念ながらキミの希望的観測は、たった今打ち砕かれた」
スマホに入った統合アプリ・ユークリッターを、ボクに見せる久慈樹社長。
「こ、これは!?」
画面には、ユミアの頬にキスをする、マーク・メルテザッカーの姿が映されている。
「フフフ。先ほど下のゴミ連中が、にわかに騒ぎ始めた気がしたが、原因はコレだったみたいだ」
涼しい顔で微笑む、若き実業家。
社長肝いりのアプリ・ユークリッターのプロモーションのために、派手な事件を巻き起こして世間の注目を浴びると言う戦略は、見事に成功している様に思えた。
「オイオイ、そんな顔するなよ。これは、キミの為にもなるんだからさ」
「ボクの……為?」
「忘れてしまったワケでは、あるまい。キミとボクが交わした約束を」
ゴンドラの強化ガラスに映る社長が、ボクを見ている。
「ええ、もちろん覚えていますよ」
ボクは、覚悟を決めるように言った。
「一つは、3ヶ月以内にユミアの笑顔を取り戻すコト」
「そして、もう一つは?」
「3ヶ月以内に、天空教室の彼女たち全員の学力を、一定以上に引き上げるコトです」
ライアやメリーのように、元々学力に問題が無い生徒もいる。
けれどもレノンやアリスの学力は、まだまだ心配なレベルだ。
カトル、ルクス、アロア、メロエ、キア、テミルも、苦手な教科はかなり厳しい。
加えて、アステやメリルたち被害に遭ったテニスサークルの少女たちや、キアの妹たちまで教室に迎え入れていた。
彼女たちの学力も、恐らく査定に入って来るだろう。
「よく解ってるじゃないか。どちらも、3ヶ月以内……つまり、あと僅かだ」
ボクの執行猶予が残り少ないという事実を、冷酷に告げる。
「条件が達しなければ、ボクはここには居られないのはわかってます」
「それは、この煌びやかな世界との決別を意味しているんだよ」
「元々ボクには、縁遠い世界でしたからね。そこに未練はありません」
「なる程。キミに未練があるとしたら、生徒たちの方かな?」
「はい……」
やはりボクも、可愛い生徒たちと別れたくは無い。
「ま、今回のマークも、助け船というワケだよ。本場のアメリカ人から、ネイティブな英語を学んだ方が、彼女たちの学力アップに繋がるだろうしね」
ユークリッドの資金と、久慈樹社長のエゴによって否応なしに集められた少女たち。
一見、彼女たちの未来を考えての行動にも見えるが、彼女たちを客寄せパンダとしてどう機能させるか考えているだけにも思える。
「さて、到着だ。マークがどんな問題を巻き起こしているか、非常に愉しみだよ」
エレベーターのドアが開くと、革靴が軽快な音を鳴らしながら進んで行った。
ボクも後を追って、最上階を丸々使った完全な円の形に配置される、元ユミア個人の部屋へと入る。
今は、当たり前のように開けられるドア。
だが、条件を満たせなければ、ここに来るコトも出来ない。
そんな思いで、ドアノブを握った。
「オー、ユミア!」
玄関を通り抜けると、マークの爽やかな声が聞こえて来る。
「たしかーにワタシと貴女、結婚したのはゲームの中のお話ね」
久慈樹社長に続き、天空教室に入るボク。
「でもユミア。貴女は引き籠ってたワタシに、たくさんたくさん勇気くれたよ。メタボで勉強も出来なくて、自分に自信持てなかったワタシでも、前を向いて進めるコト教えてくれたね」
キャッキャと騒がしい生徒たちが、教壇に立つ金髪の男の話に釘付けになっている。
「ワタシ、正式に貴女にプロポーズするね」
教室に設置されていた無数のカメラも、頬を赤らめた少女たちの潤んだ瞳も、全てマーク・メルテザッカーに注がれた。
「どうかワタシと、この現実世界でも結婚してくださ~い」
彼のその一言が、ユークリッター最高のトレンドワードとなった。
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