曲のイメージ
テニススクールの照明の落ちた食堂で、テニスボールでも詰まっているのかと思うくらい肥大化した頬を抑えるボク。
けれども、華やかなテニスウェア風のアイドル衣装を着た7人の少女たちは、ボクでは無くボクの友人を取り囲んでいた。
「ところで、先生とはずいぶん親しそうですケド、どんなご関係なんですか?」
プレー・ア・デスティニーの実質的なリーダーであるアステが、先陣を切る。
彼女は、パステルブルーの長い髪が特徴的な、みんなをまとめるのが得意な少女だ。
「キミがアステちゃんか。オレらは大学時代からの親友だよ。生真面目なコイツとは、なぜか気が合ってね。よく勉強を一緒にしたモノさ」
コイツ……ボクが喋れないのを良いコトに!
ろくに講義も聞かないお前に、ボクがノートを見せてやっていただけだろう。
けれども、腫れ上がった頬っぺたが邪魔で、喋る気になれない。
「先生の友達なんだ。それで今日は、どうしてテニススクールなんかに?」
プレー・ア・デスティニーのリーダーで、本質的には7人の保護者であるタリアも問いかけた。
トレードマークのパーカーも、今日は派手なアイドル風の物になっている。
「キミが、タリアちゃん。コイツにコンビネーションパンチを叩き込んだ、女の子だったよな?」
「ア、アレは……いきなりバスタオルが落ちちゃって、つい……」
ついで叩きのめされては、たまったモノじゃない。
「実はユークリッドから、キミたちのソロ楽曲の、作曲依頼を受けてね。だけどデビュー前のアイドルって、情報少なくてさ。曲のイメージも、湧かないから……」
「それでわたしたちに、直接会いに来たんだ。ってコトはご友人さん、作曲家なんですか?」
物怖じもせず、エレトが聞いた。
彼女は白い髪を、後ろで二つに束ねていた。
「作曲家なんて、偉そうなモンじゃ無いさ。ソーシャルゲームの音楽をやっている会社に所属して、パソコンとかキーボード使ってBGMとか作ってる」
「いわゆる、ゲームミュージックってヤツだね。ボクもソシャゲよくやるケド、テンポいい曲多いよね」
薄いオレンジ色のレイヤーボブの少女が、友人に賛同する。
彼女は名を、マイヤと言った。
「マイヤちゃん、解ってるね。今話題のカードゲームアプリの、ドラゴン召喚ムービーの時の曲なんか、まさに神曲だと思うぜ」
「だねだね、ボクもあの曲大好き!」
コミュ力最強クラスの友人は、すでにボクの生徒たちと親しくなり始めていた。
「他もみんなも、どんな感じの曲が好きか教えてくれるかな。キミは、好きなアーティストとかいる?」
大人しそうな、モスピンク色の巻き髪ツインテール少女に、問いかける友人。
「わ、わたしですか。そうですね、アコースティックな曲をよく聞きますね。ヒーリング音楽やクラシックも好きです」
「うわ、そんなの聴いてるんだ。メルリって大人だよね」
ウェーブのかかった桜色の長い髪の少女が、口をアワアワさせて驚いている。
「ちなみにタユカは、どんな曲が好きなんですか?」
「えっと、日曜にやってるアニメの、オープニングかな」
メルリの質問に、甘えた声で答えるタユカ。
「それって、小さい女の子向けのアニメ番組ではありませんか。タユカは子供ですわね」
抹茶色のミディアムボブの少女が、丁寧な言葉遣いで言った。
「むう、だったらカラノは、どんな曲聞くの!」
「わたしですか。クラシックはよく聞きます。メルリさんと同じ感じですわね。他にも、演歌や日本民謡も好みですわ」
「カラノはカラノで、歌の趣味シブ過ぎ〜アハハ」
鼻にかかった声で、ケタケタと笑うアルキ。
彼女は、イトパープルのパイナップルヘアをしている。
「いいえ。最近の日本人が、和の心を忘れてるんですわ。そう言うアルキは、どんな曲を聴くんです?」
「アチシかあ。ハワイアンとか、ジャズとかかな」
「意外に、まともな音楽ですわね」
「アチシ、おじいちゃんがハワイ出身なんだ。ウクレレも、少しなら弾けるよ」
「へえ、アルキちゃんはウクレレ弾けるんだ。オレも大学時代はよく、ギター弾いてたんだよ」
友人のか表情が、来たときとは違って穏やかになっていた。
どうやら、曲のイメージくらいは掴めたようだな。
腫れた頬っぺたを抑えながら、ボクはそう思った。
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