ひび割れた宇宙
お披露目されたばかりの白い船体が、アクロポリス宇宙港の宇宙(そら)をゆっくりと動き出す。
「彼女……クーリアの名を冠したこの美しい艦は、火星艦隊の象徴となるだろう」
アポロは、雄弁なる演説を続けていた。
ステージの真上を優雅に飛ぶ『クーヴァルヴァリア』は、旧時代の飛行船を彷彿とさせる。
宇宙港に集まった大勢の人たちも、飛行船の物珍しさに興味を惹かれた1000年前の人たちと、さほど変わらないのかも知れない。
「火星艦隊の象徴……か」
ボクはステージの後ろから、クーリアの様子を伺う。
その表情は、晴れやかとは正反対のモノだった。
「『アー・ポリュオン』!」
アポロが、叫んだ。
すると上空の白い艦から、1機のサブスタンサーが舞い降りる。
黄金に輝く機体は、ゼーレシオンよりも巨大で30メートルはあり、獅子のようなたてがみを持った頭部と、6枚の翼を備えていた。
「クーリア、キミをキミの艦までお連れしよう」
黄金のサブスタンサーの胸部が開き、アポロが中へと飛び乗ると、クーリアに向けて巨大な手の平を差し出した。
「ええ……」
クーリアが手の平に座ると、アー・ポリュオンは黄金の翼を広げて飛び立った。
真っ白な艦に向けて飛ぶ、黄金の機体。
会場に溢れた人々からも、許嫁である2人を祝福するかのような大歓声が上がる。
全ては、順調に……なんの滞りもなく進んでいる……ボクを含む全ての人が、そう感じていた。
「……な、なんだアレは!?」
「そ、空が……!?」
会場から、どよめきの声が漏れる。
「どうした、会場の様子がおかしいぞ!?」
ボクは立ち上がって、ステージの後ろを振り返った。
「な……ッ!!?」
ボクは、思わず絶句する。
星が輝く宇宙がひび割れ、漆黒の闇が穴のように広がっていた。
「宇宙が……ひび割れてるですって。一体、なにが起こったと言うのです!?」
ステージに残ったメリクリウスさんが、普段ではありえない顔で宇宙を見上げている。
「オイ、艦長……これはまさか!?」
「あの時のと、同じだわ!」
護衛のプリズナーとトゥランが、ボクに顔を向けた。
「ああ……あの時の……『漆黒の海の魔女』のときと……同じだ」
過去の記憶を思い出し、これから起きるコトを予測する。
「メリクリウスさん、『時の魔女』だ。時の魔女が、戦いを仕掛けて来たんだ!」
「な、なんですって!?」
ひび割れた宇宙を見上げながら、会話をするボクたち。
「こんな時に……いえ、むしろこんな時を狙ったのでは!?」
巨大化するひび割れは、上空の『クーヴァルヴァリア』の背後に広がっていた。
「オ、オイ、見ろよ!」
「ひび割れから、なにか出て来るぞ!」
「一体、なんなのよォ!?」
会場の観衆から聞こえる、恐怖を帯びた会話。
彼らが見上げた漆黒の穴から、巨大な艦の先端が姿を現す。
「あ、あの船体は……!?」
「ナキア・ザクトゥ!?」
メリクリウスさんと、セミラミスさんが叫んだ。
白い艦の背後から出現したのは、クーリアの姉であり、セミラミスさんの妹であるナキア・ザクトゥの名を冠した艦だった。
「ナキア……どうして貴女の艦が!?」
「彼女は今、タルシス3山の地下牢に収容されているハズですよ。最も艦だけが、時の魔女に乗っ取られた可能性もありますが」
すると、会場に設置されていた、あらゆるモニターの映像が切り替わる。
そこには、日に焼けた肌に、カーネーション色のロールしたツインテールの女性の姿が映っていた。
『わたしは、ナキア・ザクトゥ・センナケリブ。地の底より、舞い戻って来た女よ!』
ナキアは、黒いマーメイドラインのドレスのような衣装を纏っている。
大きな釣り目に入ったエメラルド色の瞳は、憎悪に満ちこちらを睨んでいた。
前へ | 目次 | 次へ |