栄枯盛衰
「なあ、ティルス。建物ン中は化け物だらけとは言え、こりゃあ凄まじい建築技術じゃねえか」
巨大なカニの魔物を蹴散らしながら、傍らで戦う少女に問いかけるバルが王子。
「オレはカル・タギア以外は詳しくねェが、外の世界にゃこんな技術の高けェ国も存在してるのか?」
「申し訳ございません。わたしも外界の世情には疎くて……漁師であるビュブロスさまとベリュトスさまなら、ご存じなのでは?」
王子の側近として仕えるティルスが、申し訳なさそうに漁師の兄弟に視線を振る。
「どうだかな。オレらが漁の途中で寄るのも、小さな漁村かせいぜい中規模な交易都市くれェだしよ」
「兄貴の言う通りだぜ。ここなんて壁から床まで金属だかんな。どんだけ金かかってんだ」
兄は巨大な銛で、弟は2つの銛で、半魚人の群れを薙ぎ払いながら答えた。
「ワイも似たようなモンやで。海産物以外の食材の買い付けに寄る街も、1っちゃんデカいんはヤホーネスや。城塞都市として規模はハンパ無いんやケド、ここのが建築技術は上やろな」
華麗な包丁さばきで、大型の魚タイプの魔物を3枚におろすアラドス。
「ですがアト・ラティアは、失われた伝説の都なのです。この宮殿を創り上げた高度な建築技術も、既に失われてしまったのでしょう」
魔法を放つワンドの能力を持ったレイピアで、敵を切り裂くシドン。
「これだけの技術があるヤツらが、滅んじまったんだよな」
「優れた技術を持ち交易や農耕で栄えた大国や、強大な軍隊を備えた軍事国家であっても、多くは歴史にその名を留めるだけとなっております」
金色に輝く柱には華美な装飾が施され、壁には巨大な絵も飾られている。
けれどもそれらの芸術を創った者の姿は存在せず、サタナトスの放った魔物が我が物顔で闊歩していた。
「栄枯盛衰ってヤツか。今は双子の司祭が持ちこたえてくれているが、カル・タギアもこうなっちまう寸前だ。なんとしても、オヤジを見つけ出さねえとな」
「王子、その双子司祭様から預かった宝珠が示す、強大な魔力の反応がかなり近づいています」
「ホントか、シドン」
「ええ。反応からすると、突き当りのホールの先でしょう」
「いよいよだな。慎重に、行くぞ!」
バルガ王子の号令の元、海皇パーティーの6人は駆け出した。
「オ、オヤジ!?」
ホールの天井を見上げる、王子。
吹き抜けの大きなホールに、粘着質の殻に覆われた巨大なタマゴがぶら下がっていた。
「こ、この巨大なタマゴが、海皇サマだってのかよ!?」
「見ろよ、兄貴。タマゴの中に、何かうごめいているぞ!?」
それぞれに銛を身構える、漁師兄弟。
「海皇ダグ・ア・ウォンさまが、殆ど魔王となってしまわれております!?」
「こりゃあ早よ救い出さんと、厳しいでェ」
ティルスとアラドスが、それぞれの武器を手に斬りかかる。
「やらせはしないよ!」
タマゴを支える触指を斬ろうと跳んだ2人を、斬撃が襲った。
「きゃああッ!?」
「グハッ!?」
ホールの床に叩き付けられる、2人。
「ティルス、アラドス……クソ、誰だ!?」
王子は跳躍して、ホールに倒れる2人の前に飛び降りる。
漁師兄弟とシドンも続き、周りを警戒しながら2人を助け起こした。
「誰だとは、酷いじゃないか……兄上」
声の主が、黒いマントを翻しながら上空から、ゆっくりと舞い降りる。
トンっと床に足を付けた男は、漆黒の鎧を身に纏っていた。
ウェーブのかかったダークグリーンの髪の毛に、灰色の肌をしており、眼は紅く充血していた。
「お前は、ギスコーネ!?」
黄金の長剣を身構える、バルガ王子。
「やっと気付いてくれましたか。母の違う兄弟とは言え、冷たいではありませんかな?」
腰の鞘から、剣を抜く男。
剣から放たれた冷気が、辺りの景色を瞬時に凍らせる。
「王子、ティルスとアラドスの傷が、凍傷になっております。お気を付けを」
「了解した、シドン。お前は引き続き、2人の回復を頼む」
「おや、仲間の加勢を借りなくても良いのですか、兄上。この氷結の剣『コキュー・タロス』は、生易しいモノではありませんよ?」
男が、義理の兄に向かって歩みを進めると、周りの柱や床もそれに連れて凍り付いて行った。
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