武器庫への道
「まるで、巨大なケーキの断面を見ているようじゃの。階層が遥か彼方まで、剥き出しじゃ」
海水で塗れた漆黒の髪を梳かしながら、ルーシェリアが言った。
「急ごう、バルガ王子たちが心配だ。パレアナも、シャロリュークさんも死んで……もうこれ以上サタナトスの野望のために、誰かが死んじゃダメなんだ」
「ま、待ってよ、ダーリン。これやったの、ダグ・ア・ウォンさまなんでしょ。ボクたちが戦って、勝てる相手じゃ無いよ」
焦る舞人の腕に、触手を巻きつけ止めるスプラ・トゥリー。
「だからって、このまま何もせずに帰るなんてできないよ」
「まあ待つのじゃ、ご主人サマよ。そこのイカの小娘の言にも、一理あるのじゃ」
「いちいち棘のある言い方するな、キミは!」
「この宮殿はの。妾ですら知らぬ、古代文明の超技術によって創られておる。この床も天井も、恐らくは並みの武器では傷も付くまい」
「ホ、ホントだ。ボクのアス・ワンでやっと、傷が付く程度だね」
「それが、こんなにも大規模に破壊されて……」
「大魔王にされた海皇は、とてつもない破壊力を持っておる。戦って倒せる相手では、無いのかも知れぬ。まずは王子たちの救出を、優先するのじゃ」
「わ、わかったよ、ルーシェ……グッ!?」
『ギイイイィィィーーーーーーン!!』
舞人の返事が、激しい不協和音によってかき消される。
「どうしたのじゃ、ご主人サマよ!?」
「わ、わからない。でも、ジェネティキャリパーが急に、ヘンな音を……」
音は、おかしなパーツがゴテゴテとくっついた漆黒の剣から、発せられていた。
「この耳障りな音の発生源って、ダーリンの剣なの?」
「もしやサタナトスの魔晶剣『プート・サタナティス』との激突で失われた、魔王を少女に変える力が復活したのではあるまいか?」
「そこまでは、わからないよ。でも、なにかに共鳴してるみたいだ」
舞人に言われ、ジェネティキャリパーの挙動を観察するルーシェリア。
「確かに、そのようじゃの。果たして、海溝の底にある古代都市の宮殿の、一体なにと?」
「剣の謎なんて、解いてる場合じゃないだろ。早く王子たちを、助けに行こうよ」
「スプラの言う通りだ。行こう、ルーシェリア」
「そ、そうじゃの」
3人は、宮殿がえぐられて出来た道を、駆け出した。
ウエハース状に剥き出しになった宮殿の階層は、所々に海水が流入して水浸しになっている。
破壊された建物の残骸や、巨大な海水の瀧をくぐり抜け進む舞人たち。
「み、見て、ダーリン。誰か倒れてるよ」
「あっちにも、2人いるのじゃ!」
スプラとルーシェリアは、それぞれが発見した者の元へと駆け寄った。
「この人、行きつけの食堂の料理人の人だ」
「こっちは漁師のようじゃの。2人とも、銛をもっておるわ」
「料理人見習いのアラドスさんと、ビュブロスさんとベリュトスさんの漁師兄弟だ」
「なんじゃ、ご主人サマよ。やけに詳しいのォ」
「海龍亭で会ったんだ。それよりみんな無事!?」
「ウム、2人ともかなりのダメージを喰らってはおるが、息はしておる」
「こっちもだよ。そっかぁ、海龍亭の海鮮丼、美味しいから今度食べに行こうよ」
「今は、それどころじゃないだろ。早く他の3人も、見つけないと!」
「まあそう焦るな、まずは治療じゃ。双子司祭が煎じてくれた回復薬を、飲むが良い」
ルーシェリアは、漁師兄弟の口に丸い回復役を放り込んだ。
「フフン、ボクはチョットだけ回復魔法も使えるからね。そんなのに頼らなくたって、大丈夫だよ」
スプラも鎧と槍から触手を伸ばし、アラドスを回復させる。
「ニガッ……だ、だが、助かったぞ」
「ここは……そうか。オレら、大魔王の起こした渦に呑まれちまって」
「ワイら全員気ィ失って、こない場所で倒れてたんやな」
意識を取り戻した漁師兄弟と見習い料理人は、直ぐに現状を把握した。
「バルガ王子は、どうしたの!? ティルスさんとシドンさんは?」
「恐らく、この破壊された建物の先だろうぜ」
「ケドよ、大魔王になっちまった海皇サマが、とんでもない力を持ってやがって」
「ワイらの力じゃ、手も足も出ェヘンのや」
見ると漁師兄弟の銛は折れ、料理人の包丁も刃先が砕けていた。
「武器も無いのじゃから、戦いようもあるまい。お主らは戻って、退路を……」
「待って。そう言えばさっき、武器庫みたいな部屋が無かった?」
「そう言えば、見た気がするのォ」
「よし。ここは少し戻って、使える武器が無いか探してみよう」
舞人の提案はすんなりと受け入れられ、6人は破壊され出来た道を戻る。
「あった、アレだよ。壁が破壊されちゃってるから、中が剥き出しだ」
ピョンピョンと飛び跳ねて、崩れた建物を登るスプラ。
残る5人もイカの少女に続き、武器のある部屋へと入った。
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