レアラとピオラ
「久慈樹社長は、オピュクをデジタルアイドルとして売りたいだけ……イヤ、違うだろうな」
デジタルに疎いボクには、久慈樹社長のやろうとしている計画の詳細までは解らない。
けれども、単純なアイドルプロデュースじゃ無いコトは、なんとなく想像が付いた。
『えっとですね。つまりオピュクの住む世界は、我々の現在の世界と同じく、原子や分子から出来ていると言われるのですか?』
『それが事実だとすれば、とんでも無いデータ量になりますよ?』
セルリアンブルーの長い髪の少女が、矢継ぎ早に浴びせられる質問とフラッシュを前に微笑んでいる。
ボクの眼にも彼女は、人間にしか見えなかった。
『芸能記者にしては、中々に理解が早いですね。仰る通り、我々の世界の原子レベルまで再現しようとすれば、それこそサーバーが何台あっても足りません。不本意ながら原子のサイズをかなり大きく見積もって、対処しているのですよ』
『とは言え、それでもかなりのサイズのサーバーが必要になるでしょう?』
『彼女を動かすだけで、相当なサーバー負荷がかかるハズですよね?』
『一体どうして、ユークリッドは彼女を創ろうと思われたのですか?』
ドライアイスのスモークが漂う記者席から、次々に飛ぶ質問。
『そうですねえ。強いて言えば、実験の為ですよ』
久慈樹社長は、遂に『実験』という言葉を口にした。
『実験……と、仰いますと?』
『オピュクで、一体何を実験しようと言うのですか?』
『人工的に生み出された彼女たちが、天空教室の生徒である人間の少女たちとどう違い、どこが優れているかを見極める実験ですよ』
どこか形式ばった、久慈樹社長の説明。
『えっと……いま、彼女たちと仰いましたが、言い間違いでは?』
記者の1人が、ミスを指摘する。
『オピュクは、デジタルデータです。デジタルは当然ながら、複製(コピー)が可能なのですよ』
するとカメラが、記者会見場からステージへと切り替わった。
『皆様、わたしたちはサーバーさえ確保できれば……』
『どれだけでも、同時に存在できるんです』
ステージのオピュクが、左右にスライドし2人に増える。
『ス、スゴイ!?』
『オピュクが、いきなり2人になったぞ!』
『もっと増えるコトは、可能なのでしょうか?』
『残念ですが今は、サーバー容量や処理スピードが限界の為……』
『わたし達2人を運用するのが、精一杯なのです』
フラッシュの雨の前で、2人になったオピュクが人間のように微笑んだ。
『社長。2人とも、オピュクと呼んでしまって宜しいんでしょうか?』
『同じ名前に見た目もまったく同じでは、判別が難しいですよね』
『では、こうしましょう』
『では、こうしましょう』
2人のオピュクの声が、完全にシンクロする。
『オオ、これは!?』
『髪の色が変わったぞ!』
記者たちの感嘆が説明する通り、1人のオピュクの髪色がサファイアブルーへと変化し、もう1人の方はエメラルドグリーンへと変化した。
『そうですね。便宜上、サファイア色の髪のオピュクをレアラ、エメラルドグリーンの髪の方はピオラと呼ぶコトとしましょう』
『いくら創造主であっても、人の名前を勝手に決めないでくれるかしら』
『でもまあ、悪くない響きね。わたしはピオラでいいわ』
『仕方ありませんね。わたしも、レアラでケッコウよ』
まるで人間のような感情を現わす、2人のオピュク。
2人の反応に対しても、記者席から驚きの声が上がった。
『それで久慈樹社長』
『彼女たちを使って、どんな実験をする予定なのでしょうか?』
『まずレアラとピオラには、天空教室で学んでもらいます』
『ですが彼女たちは、デジタルの世界の存在なのですよね?』
『その気になれば、いくらでもネットにアクセス出来てしまうのでは無いですか?』
『ええ。ですから2人には、ネットへのアクセスを制限します。それでちゃんと学力が向上するかどうか、調べてみたいのですよ』
つまりそれは、ボクや他の教師たちの能力を計るための実験でもあるんだ。
『天空教室には、注目が集まる一方、批判も多く寄せられてましたよね?』
『学校教育を否定したユークリッドが、どうして学校教育まがいの教室などを、始めるのか……と』
『勉強だけで言えば、今までの教育動画で事足りるワケですからな』
『ユークリッドは、学校教育を否定などしてませんよ。更に素晴らしい教育方法があると、言ったまでです。我々はそれを、教育動画と言う形で証明して来ました』
席を立ち、ステージへと歩みを進める久慈樹社長。
『ユークリッドは今、教育動画を越える新たなステージへと、踏み出したのです』
社長の両脇に寄り添う、レアラとピオラ。
フラッシュのシャワーは、長い間止まなかった。
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