料理と裁縫
「よお、街中で迷彩服なんか着込んで、ここはジャングルじゃねえんだぜ」
紅華さんが指摘した通り、今日の杜都さんは上下緑色の迷彩柄の繋ぎで、脚には黒い長靴を履き、大きなリュックまで背負っていた。
「確かにこの迷彩柄では、市街戦に適さないであります。やはり随時戦場を考えねば、軍人としては失格と言いたいのでありますな?」
「チゲ―よ。どんな発想すりゃ、そんな答えが導かれる」
だよね。
やっぱ杜都さんって、プロサッカー選手より自衛隊に入りたいのかなあ?
「違うでありますか。自分は本日、川原での単独演習の後、弾薬の補充に来たでありますよ」
「単独って……寂しいな」
「寂しいであります」
「弾薬の補充って、このビルに武器庫でもあるのか?」
「行きつけの、ミリタリーショップがあるであります」
ま、まさか奈央と亜紗梨さんも、ミリタリーショップに!?
「ところで杜都。亜紗梨のヤツを見なかったか?」
「亜紗梨隊員でありますか。そう言えば、似た感じの御人が、エレベーターに入って行ったような気もするでありますな」
「このビルって、どんな店が入ってるんだ?」
「地下1階はミリタリーショップでありますが、他は整体院に裁縫とか料理を教える店でしょうか。普段はあまり、気にして無いであります」
「どんな取り合わせだ、まさに雑居ビルってトコか。でも、アイツらが行くとすれば、裁縫か料理の店が可能性高そうだぜ」
ボクも、そう思う。
「よし、行ってみようぜ。サンキューな、杜都」
紅華さんとボクは、杜都さんの出て来た雑居ビルに入った。
「中は湿気た感じだな。外観は塗装し直して誤魔化してるが、こりゃかなりの年代物のビルだぞ」
1階はほぼ全て整体院になっていて、隣の狭い通路にエレベーターがある。
「裁縫関連のショップが2階で、料理教室が3階だな。とりあえず、2階から行ってみっか」
ボクたちは、狭いエレベーターに乗り込んだ。
「ちゃんと動くか冷や冷やしたが、何とか無事に到着……おわ、隠れろ!?」
エレベーターを降りて直ぐに、紅華さんの合図で物陰に隠れる。
「見ろよ、アイツらだ。柴芭の占いが、当たっちまったな」
流石は、占い魔術師……スゴいや。
「なんだァ。お前の幼馴染みの女、編み物でもすんのか。毛糸なんか買ってやがるぜ」
フルフルと、首を横に振った。
奈央が編み物なんかしてるトコ、見たコト無い。
「ヤベ、買い物を済ませたアイツらが出て来るぜ。トイレがあるから、隠れるんだ」
慌てて汚らしいトイレに逃げ込むと、2人はボクたちの乗って来たエレベーターに乗った。
「どうやら下には降りず、上に行ったみてーだ。ってコトは、料理教室か。エレベーターだと危険かもな。非常階段で行ってみようぜ」
錆びた防火扉を開け狭い階段を駆け上がると、3階は摺りガラスで仕切られた教室になっている。
「この感じだと、元は歯医者だったんだろうな。そこを料理教室に、改装したみてーだぜ」
言われてみると、歯医者っぽい雰囲気がする。
中からは、女性たちの騒めく声が聞こえて来た。
「うおッ、良い匂いがして来やがった。料理はカレーか?」
う~ん、夕方から家を出て奈央たちを追跡してたから、もうすっかり日も暮れてる。
「とりあえず、アイツらのデートの目的は解った。今日はこれで、お開きにすっか」
「……うん」
ボクも、仕方なく頷いた……その時。
「あれ、トミンじゃない!」
「どうしたの、こんなところで?」
「あ、クールなイケメンくんもいる」
振り向くと、そこには紅華さん取り巻きの女子高生たちが居た。
紺色のブレザーに、赤いチェックのミニスカートのいかにもな格好で、学校からそのまま来た感じだ。
「お、お前らこそ、どうしたよ。こんなとことで」
「料理教室なんだから、料理習いに来たに決まってるジャン」
「ここの教室の先生、めっちゃイケメンって噂なんだよ」
「背も高いし優しいし、しかもまだ高校生なんだって。スゴいよね~」
「高校生でイケメンって、まさか!?」
それって、もしかして。
「やあ、キミたちが新規の生徒さんだね。そろそろ料理を始めるから、中に……」
背の高い高校生のイケメンが、中から顔を出した。
「やっぱ亜紗梨じゃねえか!?」
「く、紅華。それに、御剣くんまで!?」
……!?
昨日、サッカーの試合でチームメイトだったボクたちは、思わぬカタチで鉢合わせした。
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