ストーキング
……な、なな、なんで奈央と亜紗梨さんが、バス停で遭ってるんだ!?
注)この時の彼も、仏頂面のキリっとした顔を崩していません。
ロータリーの反対側のバス停標識に隠れながら、ボクは2人の様子を観察する。
バスから降りて来た乗客は、亜紗梨さん以外にも7~8人居た。
イヤイヤ。落ち着け、ボク。
偶然、2人が出会ったってだけじゃないか。
ボクは2人を知ってるケド、奈央と亜紗梨さんは互いに面識がないハズだし。
すると別のバスがロータリーに入って来て、ボクの視界から2人を遮るように停まった。
「お客さん、乗車されます?」
ボクはフルフルと、大きく首を横に振る。
プシューっと音を立て前方ドアが閉まり、バスはまた何処かへ走り去って行く。
あ、2人が居ない!?
向かいのバス停から、2人の姿は消えていた。
ヤバッ、このままじゃ見失っちゃう。
ボクは慌てて、2人が居た方の停留所へ向かった。
うう、何処へ行ったんだ。
コンビニか、本屋……あッ!
すると駅から伸びる大通りの方に向かって、亜紗梨さんと奈央が並んで歩いているのが眼に入る。
な、奈央のヤツが、亜紗梨さんと並んで歩いてる!?
しかも、楽しそうに話しなんかしちゃってるぞ。
「よ、一馬。こんなところで、コソコソしながら何やってんだ?」
「う、うわあ!?」
いきなり声をかけられ、ボクは思わず声を出してしまった。
振り向くとボクの目の前に、紅華さんが立っている。
相変わらずお洒落な私服を、さりげなく着こなしてカッコいい感じだ。
「な、なんでもな……」
紅華さんとは、スカウトの時にバスで長い間付きまとったから、他の人よりは話せる。
「ん? アレ、亜紗梨じゃねェか。女連れて、歩いてやがる」
うわあ、一瞬で気付かれたァ!?
「てかあの女、見覚えあんな。確かフットサル大会に来てた、お前の女じゃねぇか?」
「……」
ボクの真顔が、何よりの回答だったのだろう。
「成る程ォ、お前がコソコソしてた理由が、完全に理解できたぜ」
ニヤっと笑みを浮かべる、紅華さん。
「見た目に反して、相変わらずストーカー気質だな、お前」
ボ、ボクがストーカー気質!?
ま、まああれだけ付きまとえば、否定はできないか。
「ま、オレもヒマしてたトコだし、仕方ねえ。付き合ってやんよ」
……だ、誰も頼んでないのにィ。
ってか、そのピンク色の髪の毛じゃ、振り向かれたら一瞬でバレるよ。
「オイ、見ろよ。アイツら、コーヒーショップ入って行ったぞ」
え?
ボクは慌てて振り返ると、2人が並んで人気のコーヒーチェーン店に入るところだった。
「よし、アイツらが席に着いたのを見計らって、オレらも入ってみようぜ」
仕方なくボクも、コクリと頷く。
2人が会話に夢中だったのもあって、敷居で隠れながら何とか2人の席が見れる席に、陣取るコトに成功した。
「オレはこの髪だし、背もたれのある敷居側だな。ま、スマホのカメラでどうにかなるか?」
紅華さんは、スマホのインカメラを使って、2人のテーブルの様子を確認する。
「ご注文は、お決まりですか?」
「そうだな、アイスコーヒー。お前も同じでいいか?」
ホントはオレンジジュースが良いんだケド、人前で喋れないから仕方ない。
「アイツら、なんか楽しそうに喋ってんな。流石にこの距離じゃ、会話の内容までは聞き取れないか。本物の探偵みてーに、盗聴マイクでもありゃあ便利なんだがよ」
確かに、話の内容が気になる。
奈央のヤツ、亜紗梨さんと楽しそうに何話してんだ。
デートとか言ってたケド、これじゃホントのデートじゃないか。
「オイ、そこまでガン見してっと、流石にバレるぞ」
え……ボク、ガン見なんかしてた?
そこに、アイスコーヒーが運ばれて来る。
苦い。
クリープとポーションを全部入れたのに……やっぱ苦手だ。
幼馴染みの女の子が、子供っぽいボクを置いて大人になろうとしているのを、ボクは指をくわえて見ているしか無かった。
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