経験したコトの無い感情
料理教室から出て来た亜紗梨さんは、ボクたちを見てかなり驚いていた。
「ど、どど、どうしてキミたちが、ここに居るんだ!?」
見かけの落ち着いた印象と違って、けっこう慌ててる。
「お前がコイツの女と歩いてるのを、見かけてよ。面白そうなんで、コッソリ付けてたのさ」
ボクの首根っこに腕を巻き付け、ニヤける紅華さん。
「な、なんて悪趣味なヤツ……って、御剣くんの彼女ォ!?」
「幼馴染みだとよ。昔は一緒に風呂も入って、裸も見せ合った仲なんだぜ」
た、確かにそうだケド、なんで紅華さんが知ってるのォ!?
「板額くんが、み、御剣くんの……一緒にお風呂も……」
ブツクサと小声で呟きながら、青褪める亜紗梨さん。
「ねえねえ、トミン。なんか先生と親し気に話してるケド」
「もしかして知り合い?」
「先生が奈央ちゃんと歩いてたって、ホントォ?」
料理教室に来てた、紅華さんの取り巻きの女子高生たちが紅華さんに質問した。
「お前らも、一応は会ったコトあると思うぜ。オレが中学時代、海馬コーチに世話になったときに、亜紗梨も一緒にやってたからな」
「ええ、ウソ!?」
「あのチームに、亜紗梨先生みたいなカッコいい子、いたっけ?」
「背の高い子は、まあまあ居た気もするケド……」
「アハハ、その頃のボクはまだ、背も伸びて無かったし目立たなかったからね。髪型も、こんなじゃなかったし」
「だよなあ。昔のお前って、けっこう地味なイメージ強え~わ。正直この間の試合も、あれだけ積極的にやってるのを見て、驚いたぜ」
「ボ、ボクだって、少しずつは成長しているからね。地味なままじゃ、ダメだと思ったから……」
「女か?」
「うぐゥッ!?」
……亜紗梨さん、メチャクチャ動揺してる。
「どうやら図星みて~だな。奈央ちゃん、可愛いモンな」
や、やっぱ、奈央のヤツ、亜紗梨さんと付き合ってる!?
「い、言ってる意味が、まったく理解できないなァ。彼女は、ボクの教室の1人の生徒だよ。それがどうして変な発想に……」
「亜紗梨先生、料理の下準備、出来ましたァ」
言い訳の途中で、ウチのリビングでしょっちゅう聞く声が、パタパタと教室の中から駆けて来た。
「うわあ、ば、板額くん!?」
「は、はい。どうしたんですか、そんなに驚い……って、カーくんッ!?」
グハァ、バレたァ!?
こっそりここまで尾行して来たケド、ついに目が合ってしまった。
「ど、どうしてカーくんが、ここに居るのよ。留守番してるって言ったじゃない」
奈央のヤツ、顔を真っ赤にして怒ってる。
「はは~ん、そゆコト」
「奈央ちゃんも、隅に置けないねェ」
「こんなカッコいい先生と、幼馴染みの男を二股かけるなんて」
フットサル会場で知り合いになった女子高生たちが、奈央の周りに集合した。
「ち、ちち、違うわよ。いきなりなに言ってるの!?」
ボクなんて、眼中に無いよね。
……ただの幼馴染みだし。
「しっかし、さっきから聞いてると亜紗梨、お前がここの先生みて~だな?」
「ああ、そうだよ。普段は母が経営してるケド、ボクも料理が好きだからね。母が留守なときは、手伝っているんだ」
「ま、立ち話もナンだ。さっさと中、入ろうぜ」
「まったくお前は……いいよ、上がってくれ」
不躾けにもホドがある紅華さんの態度に呆れつつも、亜紗梨さんはボクたちを教室に招き入れた。
「うわ、見て見て。可愛いお人形が、たくさん並んでるよ」
「これ、見たコトある。有名なアニメのヤツだ」
「これも、亜紗梨先生が作ったんですか?」
「そうだよ。手芸も趣味なんだ。よかったら、好きなの持っていって」
中央に並んだキッチンの奥にある棚に並んだ、小さな人形たち。
それを気前よくあげてしまう。
「やったやったァ、アタシ、これ貰っちゃお」
「あ~、それわたしが狙ってたのにィ」
「大丈夫。同じの、また作ってあげるから」
「おいおい、亜紗梨。オレの女にまで、手ェ出してんじゃね~よ」
「アハハ、トミン焼いてる」
「うっせッ!」
亜紗梨さんって、器用な人なんだな。
やっぱ、奈央は……。
ボクは自分の中から湧き上がって来る、今まで経験したコトの無い感情に戸惑っていた。
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