見え透いた嘘
「マーズ様ァーーーーーーッ!!?」
ナキア・ザクトゥの悲痛な叫びが、宇宙に木霊する。
スクリーンには、火星主力艦隊の旗艦が轟沈する様子が映し出される。
赤とオレンジ色の装甲に画かれた、狼のエンブレムがひび割れ、宇宙空間に消し飛んだ。
「愚かな。AIを相手に、人間自らが戦艦に乗り込んで戦うなど、愚の骨頂よ」
アポロは、同僚の死を一蹴する。
「人間がAIの立てた戦略に、勝てるハズもありませんからねェ。マーズのギリシャ名であるアレスは、戦争の神でありながら戦争に負けてばかりでしたが、彼も同様だったのでしょう」
金髪の好青年も、ヤレヤレと言った表情を浮かべた。
ボクが居なくとも、MVSクロノ・カイロスのAIであろう優秀なフォログラムは、完全に相手艦隊を圧倒する。
この時代の人間の司令官など、どんなに優秀であってもお飾りに過ぎないのだ。
「お、お2人とも、余りに酷い言われようではありませんか。マーズ様は敵艦隊と立派に戦い、戦死なされたのです!」
再びスクリーンに映されたナキア・ザクトゥが、愛する男の栄誉を弁護した。
「フッ、笑わせる。勝手な独断先行で開戦して置きながら、完敗に近い形で敗れ去ったのだ」
「それに、火星を守護するべき艦隊を損失させたのは、大罪に他なりません。ナキア・ザクトゥ。貴女もいずれ、処断されるでしょう」
「ウ、嘘よ。マーズ様は、宇宙の歴史に名を残されるべきお方であったハズなのに……!?」
虚ろな表情で、崩れ落ちるナキア・ザクトゥ。
美しいカーネーション色のツインテールが、タイル張りの床に散らばる。
「ヤツの名は、残るであろうな。歴代のマーズの名を冠した者たちの中で、最も愚かな敗者としてな」
「今回の戦闘の映像は、マーズ自身が火星圏や地球に向けて、配信してますからねえ。華々しい戦果を伝えるハズが、無残な敗戦結果を伝えるハメになったのですから、擁護のしようがありませんよ」
「うう……マ、マーズさまぁーーーーーッ!!?」
彼女はスクリーンの中で、部下であろう男たちによって連行されて行った。
哀れな妹の後ろ姿から、セミラミスは目を背ける。
「しっかしどうすんだ、アポロさんよォ。この戦争は、宇宙斗艦長の勝ちだ」
プリズナーが言った通り、火星の重力範囲での戦闘は既に終結し、ボクの艦隊は再び元の均整の取れた陣を敷いていた。
「確かに、彼の言う通りですよ、アポロ。この戦闘結果によって、我々はかなり不利な立場に追い込まれてしまいました」
「そ、そうね。今や火星圏を守護する艦隊は、消失してしまったのですから……」
メリクリウスとセミラミスが、遠回しに会議の議長に意見を求める。
その時、スクリーンに見覚えのある女神が映し出された。
『宇宙斗艦長。戦闘は終了致しました。お預かりした兵力の内、巡洋艦3隻、駆逐艦など合計27隻もの損失を出してしまいました。申し訳ございません』
全権を委ねていたヴェルダンディは、完勝に近い戦果であるにもかかわらず、謝罪する。
「おや、貴女は事前交渉のときに、コンタクトを取った……この采配は貴女でしたか。イヤァ、お見事と言う他ありません」
『いえ。わたくしは、過去のデータに則(のっと)った采配をしたまでです』
「それでヴェル。人的被害は、出ていないんだな?」
『はい、艦長。此度の戦闘は艦隊戦でしたので、サブスタンサーの投入は最小限で済みました。敵の右翼艦隊を始め、無傷であったり被害の軽微な艦艇も、既に我が艦隊の支配下にございます』
ボクは、良かったと答えるべきか混乱した。
「どうします、アポロ。どうやら火星の残存艦隊は、敵に寝返ったようですよ?」
クールな顔で、サラリと問うメリクリウス。
けれどもその内容は、深刻を極めていた。
「宇宙斗艦長。貴方を拘束する。悪いが、我々の交渉材料となって貰う」
赤いブーメランパンツ姿の男が、アゴで小さく合図する。
すると先ほどの憲兵の様なアーキテクターたちが、円陣を組んでリゾート会議室のテーブルを囲む。
「どう言うコトだ。お前たち……」
けれども、アーキテクターたちが所持していたアサルトライフル型の銃の銃口は、アポロやメリクリウスに向けられた。
『言い忘れておりましたがアナタ方の艦も、既に我が艦隊の支配下にあるのです』
ヴェルダンディは、見え透いた嘘を付いた。
彼女が言い忘れるコトなど、無いと思ったからだ。
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