ガジェヲタ娘
「オイ、クロ。一体、何が起きたってんだ?」
決定的瞬間を見逃した紅華さんが、黒浪さんに問いかける。
「か、一馬のロングシュートが、急に落ちたんだ」
「落ちたって……ま、まさか!?」
「キミの想像通りだと思うよ、紅華くん」
「試合前にセルディオス監督が見せた、ドライブシュートだ」
柴芭さんと雪峰さんが、完全なる情報を提供した。
「ドライブシュートだって。こんな劇的な場面で、決めちまうのかよ!」
「フフ、倉崎が10番に推しただけあるね。可能性、感じるよ」
監督になってから珍しく、笑みを浮かべるメタボおじさん。
アレ。セルディオス監督が、珍しく笑ってる。
乱戦に持ち込まれちゃったケド、何とか勝てたからかな?
そう思いつつもボクたちは、1列に並んで試合後の礼をした。
少しばかりのサポーターも見に来ていた狩里矢に対し、クタクタになったボクたちを迎えるのは、監督とベンチプレーヤーだけ……。
「御剣選手。最後のはスゴいシュートでしたね。今のお気持ちを、お聞かせ下さい!」
ボーイッシュな女のコが、ボクにカメラを向けた。
「……」
当然ながら、無理な相談だった。
「か、一馬のヤツ、せっかく千鳥さんが質問してんのに、クールに無視かよ」
「ん~、単に喋れんだけだろ」
何となく、ボクのコトを理解している紅華さん。
「ち、千鳥さん。オ、オレも1点決めたぜ」
「そ、そうだね。クロくんも、頑張った」
「うぐゥ、やっぱ反応薄いな」
「そりゃそうだろ。お前、最初の1点だけじゃねェか。この試合、ピンポイントで一番活躍したのは、一馬だからな」
「その点については、紅華。ベンチに下がった全員が、自分を見直さなければならない」
「偉そうに言ってるが、キャプテン。自分だって……」
「ああ。今のオレが、キャプテンマークを巻く資格が無いのは、オレ自身が一番理解している」
「皆さん、ストイックですねェ。今日の試合は勝ったんですから、もっと明るい笑顔で行きましょうよ」
「そ、そうだぜ。千鳥さんの言う通りだ。なんてったって、このインタビューが動画になるんだろ?」
「会社に持ち帰って、編集はしますケドね。皆さんの得点シーンも、バッチリ抑えてますよ」
「流石は、新鋭の動画制作会社ですね。今度、見学に行っても構いませんか?」
「え、ええ。社長も、大歓迎だと思いますよ」
柴芭さんの優美な問いかけに、頬を赤らめ答える千鳥さん。
「ちょ……柴芭、抜け駆けはダメだぞ。それにしても千鳥さんって、重そうなカメラで撮ってるよな。今どき、スマホでも撮影できるのに」
「ハア、なに言ってるんですか!?」
「……へ?」
唖然とする、黒狼。
「いいですか。確かに最近のスマホのカメラは、レンズもセンサーも高性能になって高画素になり、動画にも強くなってます。ですが、動きのあるスポーツを長時間録画する場合、やはりハンディタイプのビデオカメラに一日の長があると思うんです!」
「お、おお、おう?」
「多くのスマートホフォンは、動画の長時間録画には向きません。一部のスマホは、確かに長時間録画も可能ですが、やはりスポーツ撮影を専門に作られた……」
「な、なあ、金刺。千鳥ちゃんってもしかして?」
「せやな。千鳥は根っからの、ガジェットヲタクや。ワイもよう、こっ酷く叱られたわ」
千鳥さんと同じ動画作成会社で、バイトをしていた金刺さんが、紅華さんの質問に答える。
するとその背後から、1人の男の人が近づいて来た。
「セルディオスさん。まさか、アナタが監督だったなんて驚きましたよ。イヤァ、今日は負けてしまいましたわ」
彼は、狩里矢の監督だった。
「おお、亀畑。2軍の監督になってたね。こっちもビックリしたよ」
「去年、何とかライセンスが取れましてね。それにしても、良い選手が揃ってますな」
「そっちこそ、期待できる若手がイッパイね。数年後には……」
「はい。ヤツらの何人かは、狩里矢の主力になっていて貰わないと困ります」
亀畑監督は、自軍のベンチを見つめる。
苛立って物に当たり散らす新壬さんと、それをなだめる九龍さん。
呆れる忍塚さんや、畑さんたち。
今日は勝てたケド、負けていてもおかしくない強敵だった。
「今日は、練習試合応じてくれて、助かったよ」
「こちらこそ、アイツらには良い刺激になったと思います。今度は、リーグ戦でアイツらと、対戦するかも知れませんよ」
「それにはまず、ウチもチームの体裁整えないとね」
「では、今日はこの辺で」
亀畑監督は、セルディオス監督に一礼して去っていった。
スコアボードに並んだ、8-7の数字は外され、ボクたちはマイクロバスに乗って帰路に着く。
疲れ切っていたボクは、バスの中で完全に寝てしまっていた。
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