未熟な探偵
「あんまり注目されてないなあ」
学校から帰るとボクは、自宅のソファに寝転がってスマホの動画をボーっと眺める。
昨日、ボクたちデッドエンド・ボーイズは、地域リーグの強豪チーム、オーバーレイ狩里矢に勝った。
高校1年生が主体のチームが起こした、ジャイアント・キリングと言えるかも知れない。
「だけど、単なる練習試合だったし、相手もトップチームじゃなくて2軍とユースの混成チームだったモンな。当然っちゃ当然か」
動画は、千鳥さんが撮影した狩里矢との試合を、ネット動画会社サーフィス・サーフィンズが編集しアップしたモノだった。
「ねえ、それ何の動画?」
「なんだ、奈央か。昨日の、狩里矢との試合の動画だよ」
「へー、カーくんも出てるの?」
「まあね。倉崎さんから、10番貰っちゃった」
「なんだ、補欠じゃない。エースの1番くれれば良かったのに」
自分のスマホを取り出し、動画をチェックする幼馴染みの女の子。
「野球じゃないんだから。10番はサッカー界じゃ、ペレやマラドーナ、プラティニやバッジョやジーコ、リベリーノやリバウドやロナウジーニョが背負っていた、エースナンバーだよ!」
「外人ばかりじゃない」
「日本人だって、名プレーヤーがたくさん居るよ。例えば……」
「はいはい、ウソよウソ。10番がエースナンバーってコトくらい知ってるわよ。なんせ子供の頃から、有名選手の話ばかり聞かされて来たんだから」
奈央は話半分でボクの必死の訴えを聞き流し、そそくさと外出準備をしている。
「ねえ、今日はどこかに出かけるの?」
「まあね、デートよ」
「ふ~ん、そうか。デ……」
ボクも対抗して、ソファーに寝転がって動画の続きを見ようとした。
「デ、デートォ!?」
「そ、デート。どう、驚いた?」
悪戯な笑顔で、ボクを見下す奈央。
言われて見れば奈央のヤツ、いつに無くお洒落な恰好をしている。
春物の真っ白なブラウスに桜色のカーデガン、ダークブラウンの短めのスカートを穿いていた。
「……ってコトで、わたしこれから出かけるから留守番よろしくゥ!」
言い捨てると奈央は、一番お気に入りのバッグを持って玄関を出て行く。
「な、なんだよ、奈央のヤツ。アイツがデートだなんて、ホントかなあ?」
しばらく玄関の方を眺めていたが、『ウッソだよ~』とか言いながら帰って来る様子もない。
「ま、関係ないか。アイツが誰と付き合おうと、知ったこっちゃ無いや」
ボクは再びソファに寝転がって、動画の続きを再生した。
リビングの窓ガラスから見える青空は、少しだけ紅く染まり始めている。
入学した頃のまだ肌寒かった風も、かなり温かくなっていた。
「まったく奈央のヤツ、何処に向かう気なんだ。帰りはかなり、遅くなっちゃうじゃないか」
ボクはどうしてだか、コッソリと幼馴染みの後を追っている。
「昨日の試合で疲れてるから、ソファでゴロゴロしたいのに、なんでこんなコトを……」
『今日は試合の翌日だから、デッドエンド・ボーイズの練習はオフにする』との指示が監督からあったと、雪峰さんがスマホで知らせてくれていた。
「どうやら、繁華街の方に歩いて向かっているみたいだ。交通機関に乗らなくて、助かったァ」
ボクの財布の中身は、度重なるスカウト活動の交通費に消えてしまっている。
一定の距離を保ち、街路樹や電信柱に隠れながら尾行を続けた。
「隣駅のターミナルまで、来ちゃったぞ。まさか、ここでバスに乗る気じゃ……」
鉄道駅とバスターミナルが併設した、人通りの多い場所。
ボクもそろそろ、沈黙(サイレント)モードに突入せざるを得なかった。
……でも、どうやらバスに乗り込む気配は無い。
むしろ、バスから降りて来る人を待っているみたいだ。
それから、10分くらいが経過する。
既に何本ものバスが、ターミナルのロータリーをグルリと周って、通り過ぎて行った。
あ、奈央が立ち上がった!
バスから、誰か降りて来る。
ボクは、バスの降車口に目を凝らした。
「え、亜紗梨さん!?」
降りて来たのは、デッドエンド・ボーイズのチームメイトである、亜紗梨 義遠さんだった。
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