命令違反
ボクは、監督の指示を無視した。
本来であればボクは、MIEのセンターフォワードのバルガさんにピタリと貼り付いて、マンマークをしなければならない。
それが、セルディオス監督からの試合前のオーダーであり、ボクもそれに従うつもりだった。
「カズマ……」
ベンチで、監督が怒っているのが目に浮かぶ。
でも、もう後戻りはできない。
「お前のマークは、バルガだと思ったが?」
ボールをキープしながら、ボクに話しかけて来るスッラさん。
バルガ・ファン・ヴァールさんは、イタリアリーグでも活躍した、世界でもトップクラスのゴールスコアラーだ。
とうぜん、フリーにして良い選手じゃない。
でも、ペナルティエリア内には柴芭さんが戻っていたし、左のセンターバックの亜紗梨(あさり)さんだって居る。
バルガさんのマークは、サッカーIQの高い2人が引き継いでくれると信じていた。
「なるホド、チームメイトを信頼しているか。だが監督の戦術を、無視して良いモノでは無い」
スッラさんは、ドリブルでボクのマークを外しにかかる。
ボランチとしては、高いドルブルスキルを誇るスッラさん。
だけど、紅華さんや柴芭さんに比べれば、まだまだ落ちる。
「クッ……オレのドリブルに、付いて来るとはな……」
中々、ボクを振り切れないスッラさん。
「へッ、一馬はオレのドリブルすら、止めてたんだぜ。その程度のスキルで、外せると思うなよ」
紅華さんが、ボクを褒めてくれていたが、ボクは知る由(よし)も無い。
「なんだァ、ボールが出て来ねェ!」
前線で苛立つ、バルガさん。
「フッ、ウチの指揮者(コンダクター)は、スッラだ。あの10番は、ボールの出どころを潰しに来たワケか」
前線に上がっていたカイザさんも、呟いていた。
「スッラさん、なにやってんスか。そんなヤツ、さっさと外しちゃって下さいよ」
先輩に無礼な口を利きながらも、後ろに下がってパスコースを確保しようとするネロさん。
「うるせえな、黙って見てろ!」
うわぁ、スッラさんって怒ると怖い!
一瞬、たじろぐボク。
「オラ、ココだ!」
ショルダーチャージで、ボクのバランスを崩した後、ロングボールを入れようとするスッラさん。
狙い通りだ。
スッラさんと言えど、ロングボールを入れるには体勢を整えないと行けない。
「なにィ!?」
スッラさんの足元から僅かに離れたボールを、ボクはスライディング気味に奪い取った。
「ナイスだ、一馬。裏に出せ!」
紅華さんが、左サイドで呼んでいる。
「させるかよ!」
後ろに下がっていたネロさんが、パスコースを消しに来た。
……間に合えッ!
ボクは、スライディングから起き上がる前に、ボールを左サイドに入れる。
「クソッ!」
ネロさんがスライディングをして、必至に脚を伸ばすものの届かなかった。
「ヨシ、裏抜け成功だぜ!」
鉄壁の守備を誇るハリアさんを置き去りにして、ボールを受け取る紅華さん。
左サイドからペナルティエリア側に絞って、ドリブルをする。
中央には金刺さん、ファー(遠い)サイドに黒浪さんも詰めている。
「こんなチャンス、もう無ェかもな。ゼッテー、決めてやる!」
左のアウトサイドで、カーブをかけたシュートを放つ紅華さん。
キーパーの右手側を狙う、意表を突いたシュートだ。
けれどもキーパーは、右足を伸ばしてシュートに反応する。
そのままボールは、MIEのタッチラインを割った。
「クッソッ! ウチのメタボキーパーとは、大違いだぜ」
ゴール裏に転がったボールを自ら拾い、コーナーキックを蹴ろうとする紅華さん。
するとそこに、相手キーパーが近寄って来た。
「悪いが、マイボールだ。ボールを、渡してくれないか?」
キーパーグローブを伸ばし、ボールを要求するアグスさん。
「ハッ、なに言ってやがる。オレのシュートがお前の脚に当たって、ボールがタッチライン割ったんだろ。どう見たって、マイボールだぜ」
紅華さんは自信満々で言い放つが、審判もコーナーに近寄って来る。
「その前のプレイだよ、キミ。オフサイドだ」
紅華さんに向かって注意を促(うなが)す、主審。
「な、なんだとォ!?」
紅華さんが、線審(ラインズマン)を確認すると、高らかに旗(フラッグ)が挙がっていた。
前へ | 目次 | 次へ |