もう1人の指揮者(コンダクター)
「オフサイドだって、一体どのプレイがだよ!」
審判に立てつく、紅華さん。
「キミにボールが出た時点で、キミはオフサイドポジションだった。これ以上の抗議は、カードの対象と成り得る」
紅華さんに釘を刺す、審判の人。
そう……ボクが紅華さんに出したボールが、オフサイドだったんだ。
「アレが、樹莉 海斬(じゅり カイザ)か」
雪峰キャプテンが、相手バックラインの中央に立つ男を見ている。
「前線に上がっていたと、思ったのですがね。あのワンプレイの間に戻ってバックラインを統率し、紅華くんをオフサイドトラップにかけるとは、大したモノです」
柴芭さんも、カイザさんのプレイを高く評価していた。
「カイザ……MIEの守備を統率する、リベロね。5枚のバックラインを自在に動かし、相手をオフサイドトラップに陥(おとしい)れるよ」
ベンチで控え選手に向けて、サッカー解説を繰り広げるセルディオス監督。
監督の言う通り、上がっていた左サイドバックのトラヤさんを除いた4枚のバックラインが、キレイに横1列に並んでいた。
「へへッ。お前もなかなかの読みだったが、まだまだ甘い甘い。ボールの出所に圧力(プレス)をかけるのは、オレの役目。上手いコト、オフサイドにかかってくれたな」
起き上がったボクに話しかけて来た、ネロさん。
どうやらボクは、ネロさんにボールを出させられたらしい。
MIEとしても、あらかじめデザインされた守備のようだった。
「テメー、あえてオレに抜かれたのかよ?」
左サイドを帰陣する紅華さんが、相手の右サイドバックに問いかける。
「当然だ。あの程度のドリブルで、早々オレを抜けると思うなよ」
鉄壁の守備を誇るハリアさんは、堂々と言い放った。
試合は、MIEのゴールキーパー、アルマさんのキックで再開する。
甘いマスクのキーパーがボールをカイザさんに入れると、観客席からは黄色い声援が飛んだ。
「キャー、アルマー!」
「カイザァ、もうカッコ良過ぎだよォ」
「2人ともに、抱かれたい……」
「ケッ! なんだってんだ。サッカーに関係ない応援、すんなっての!」
気を悪くした黒浪さんが、右サイドから俊足を飛ばし、カイザさんにプレスをかける。
「このオレから、ボールを奪えるとでも?」
カイザさんは、そのままドリブルを開始した。
「あのヤロウ、クロのプレスに焦ってボールを前線に蹴り出すかと思ったが、ドリブルだとォ?」
逆サイドの紅華さんが、驚いている。
「オォ~イ、どこ行くんだよォ!」
慌てて方向を変え、弧を描くように走ってカイザさんに追いつく、黒浪さん。
「なるホド、大したスピードだ。サッカーに置いても、脚の速さは武器にはなる。だが、それは個性の1つに過ぎん」
キャプテンマークを巻いたリベロは、黒浪さんのプレスを受けつつも、ボールを前へと運んだ。
「クッ、なんだコイツ。人がプレスかけてんのに、余裕のドリブルかましやがって!」
向きになって、カイザさんの前に出ようとする黒浪さん。
その時、カイザさんはドリブルを止めた。
「なッ……しま!?」
黒浪さんとカイザさんの間に、必然的に大きく間(スペース)が開く。
カイザさんは、その瞬間を見逃さなかった。
「今度こそ決めろ、バルガ」
ライナー性の鋭いボールを、ペナルティエリアに入れるカイザさん。
屈強な身体のチュニジア人ストライカーが、高く宙を飛ぶ。
「やらせは、しません!」
「ココは、なんとしても……」
バックラインに入っていた柴芭さんと、左のセンターバックの亜紗梨(あさり)さんも、バルガさんに身体をぶつけるように跳んだ。
けれどもバルガさんは空中でもビクともせず、凄まじい威力のヘディングを放つ。
「……アラ?」
当然、海馬コーチは1歩も動くコトが出来ず、ボールはゴールネットを激しく揺さぶった。
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