艦隊指揮権
火星の視認範囲で起きた、大規模な艦隊戦。
結果は、ヴェルダンディが采配するボクの艦隊が圧倒的勝利を納め、火星を守護すべき6個艦隊は将であるマーズもろとも宇宙の塵となり、あるいはボクたちの軍門に降っていた。
「ヤレヤレですよ、アポロ。言わんコトでは無い。やはりもっと早い段階で、停戦を受け入れるべきだったのではありませんか?」
ヴェルの支配下となったアーキテクターの衛兵に向かって、両手を挙げながら批判するメリクリウス。
「こんな場所から、戦争が停まるモノか。一旦動き出した戦(いくさ)は、政治家や外交官が停められるモノでは無い」
プライドの塊みたいなアポロも、仕方なく両手を挙げている。
「宇宙斗艦長、これはどう言ったコトなのでしょうか。やはりアナタは、火星を侵略する為に……」
水着での会議を主催したセミラミスの顔からも、余裕は消えていた。
「ボク自身に、そのつもりはありませんよ。それは、最初から言っていた通りです」
事態は恐らく、次のフェイズを向かえている。
ボクはそう考えていた。
「どう言うこった、艦長。お前があの艦隊の、トップなんだ。コイツらを煮るも焼くもどうしようが、お前の勝手なんだぜ」
プリズナーが、悪辣な笑みを浮かべる。
「それともやっと、この火星圏を足掛かりに太陽系を支配する気になりやがったか?」
「イヤ、なっていないさ。それに現在のトップは、ヴェルだ。ボクじゃない」
「なる程。つまり宇宙斗艦長は、フォログラムのAIから艦隊の指揮権が返納されないのを恐れているのですね?」
メリクリウスが、鋭い洞察力を見せた。
「いえ、指揮権は大した問題ではありません。元々ボクには、過ぎたモノでしたから」
「これは意外な……では、何を懸念されているのです?」
「MVSクロノ・カイロスは、時の魔女が創った艦です」
ボクは、会議の議長を見る。
「アポロさんが言っていた様に、最初からボクたちが洗脳されていて、尖兵として時間稼ぎの為にこの会議へと送られたに過ぎなかったとしたらどうでしょうか?」
「マーズの艦隊に完勝した優秀なAIは、当初から時の魔女の手先であり、当然の如く火星に侵略を始めるであろうな」
両手を挙げていても、アポロの自慢の肉体からは威圧を感じた。
『艦長、心配には及びません』
リゾート艦のロッジに儲けられた会議場のテーブルの上に、光の粒子が煌めく。
「なッ!?」
「こ、これは……」
驚く2人の12神の前に現れたのは、ベージュ色の長い髪のヴェルダンディだった。
『わたくしは、ヴェルダンディ。不測の事態により戦闘とはなりましたが、現在はほぼ収束しております。よって指揮権を、返納致します』
黄金に輝くローブを纏い、ボクの傍らに降り立つヴェル。
「それじゃあ、ヴェル。まずは彼らに銃を降ろすように、命令してくれないか?」
『了解致しました。宇宙斗艦長』
そう言い終わる前に、衛兵たちの銃は一斉に下げられ、アポロたちも腕を降ろす。
「キミが、マーズの艦隊を壊滅させたAIだな。中々の手腕だったよ」
太陽神が、嫌味を織り交ぜながら言った。
『お褒めいただき、光栄です。アポロ様』
ヴェルもアンニュイな顔で微笑み、カーテシーと呼ばれる西洋風のお辞儀で返す。
「率直に聞くが、キミは時の魔女の部下なのかね?」
『はい。わたくしは、時の魔女様によって生み出された存在です』
「それは、我々と敵対しているとも取れるのですが、どうなのですか?」
『わたくしは時の魔女様より、宇宙斗様を艦長として迎え入れ、その指示に従うように命令されておりました。全ては宇宙斗艦長の、意思次第でございます』
「では、宇宙斗艦長。キミの意思はどうなのだ?」
「ボクは、戦争なんて望んでません。最初に言った通り、クーリアやセノンたちを故郷惑星に返したいだけなんです」
「これだけ自身に優位な状況にあって、尚も意思を曲げないとは……」
「ええ、アポロ。一度彼を、信じてみるのも良いのかも知れません」
アポロは直ぐには返事をせず、会議場の自分の椅子に腰かけた。
「クーリアたちの返還についてだが、コトが大きくなり過ぎた。今、ハルモニアに戻ったところで、周りとおかしな軋轢を生む可能性が高い」
「フムゥ、確かにそれはあるでしょうね。火星の艦隊を駆逐した艦に、ずっと乗っていたのですから」
「火星やハルモニアの住民たちも、黙っている者ばかりでな無いでしょうね」
アポロの言葉に、追従するメリクリウスとセミラミス。
「そ、そんな。それじゃあ彼女たちは……!?」
「宇宙斗艦長。一度、火星に降りて貰えないだろうか?」
「え?」
「我々の本拠地であるオリュンポス山に、キミを招きたい」
12神の1柱は、確かにそう言った。
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