アクロポリス宇宙
「お帰り、おじいちゃん。会議、どうだった?」
MVSクロノ・カイロスへと戻ったボクたちを、栗毛のクワトロテールの女の子の笑顔が出迎えた。
「オイオイ、セノン。艦長は、老人会に参加してたワケじゃねェんだからさ」
「そんなの、マケマケに言われなくったって解ってるよォ」
「ただいま、セノン。色々と、ややこしいコトになったよ」
言葉の意味を理解したのか、艦橋に集ったハルモニア女学院の少女たちは沈黙する。
自分たちの乗った艦が、火星艦隊を撃滅してしまったのだから、交渉が難航するのも想定済みだった。
「みんなに質問なんだが、今の火星ってのはどんな感じの場所なんだ?」
艦橋から眼下に見える赤い惑星は、人類の開拓によって徐々に緑色や青が増えて来ている。
ボクは、火星の衛星であるフォボスで1000年の眠りから覚めたのだが、まだ一度もこの赤い惑星に降りたコトは無かった。
「どんな……そうですねえ。太陽系の中心の惑星ってトコでしょうか」
セノンがまず、ボクの質問に答える。
「前にも聞いたケド、太陽系の中心ってもう地球じゃないんだな」
「歴史や宗教的観点から見れば未だに地球が中心ですが、政治・経済・軍事面で言えば中心は火星と言えるでしょう」
宇宙豪華客船セミラミスの医務室で拘束されていた、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダが言った。
彼女も3人の護衛の少女共々、クロノ・カイロスに帰還を果たしている。
「火星ってのは、何かと便利なんだよ。地球より重力も小さいから、宇宙へのアクセスも容易なんだ」
「今の世界は、宇宙が中心……」
「地球は重力が強すぎて、物資の運搬とか色々と不便だからね」
真央、ヴァルナ、ハウメアの3人のオペレーター娘の、コンビネーション会話を聞くのも、随分と久しぶりに思える。
「確かに1000年前のボクの時代じゃ、人類が宇宙に出るためのロケットやシャトルに、膨大な燃料を消費してなモンな。でも、この時代の科学ってのは、重力を操れるんだろ?」
「バカか、お前は。地球全体の重力を小さくするなんざ、いくら今の科学だって出来やしねえよ」
「例え出来たとしても、地球にどんな悪影響を及ぼすか想像が付かないわね」
プリズナーとトゥランの名バディが、ボクを辛らつに非難した。
「それにですね、宇宙斗艦長」
金髪の好青年が、ボクの名を呼ぶ。
「今からアナタをお招きするオリュンポス山は、我々ディー・コンセンテスの総本山であると同時に、火星の地上と宇宙を結ぶ軌道エレベーターの役割も果たしているのです」
彼の名は、メリクリウス。
査察官のような役割をアポロから帯び、ボクたちに同行して艦までやって来ていた。
「オリュンポス山は、太陽系の惑星最大の山でしてね。周囲の地表から27000メートルの高さがあり、頂上は火星の大気の上……要するに宇宙なんですよ」
「そう言えば前にヴェルとクーリアから、火星の歴史や地理についてレクチャーを受けたな。火星のテラ・フォーミングとか、アテーナー・パルテノス・タワーや、アクロポリス宇宙港のコトとか」
「おや、そこまでご存じでしたか。これは、出過ぎたマネをしてしまいましたね」
平伏する、メリクリウス。
「え、わたくしは、艦長にレクチャーなどした記憶は……まさか!?」
「ああ、この艦の街での出来事だよ。キミは委員長で、補習を受けるボクをサポートしてくれた」
「ふえ、なんの話?」
「さあ?」
セノンと真央が、顔を見合わせ首を傾げている。
「やはり自分の記憶に無いところで、自分の身体が勝手に行動していたなど、気持ちの良いモノではありませんね」
嫌悪感を表情に浮かべる、ドリル状のピンク髪のクワトロテールの少女。
「そのコトについては、いずれ時間を割いてみんなに話すつもりでいる」
「解りました。それまでは、伏せて置きます」
「有難う、クーリア」
MVSクロノ・カイロスはそれから、アクロポリス宇宙港に進路を取った。
太陽系最大のハブ宇宙港は、セミラミスやナキア・ザクトゥ級の宇宙豪華客船の発着も可能とのコトで、ほぼ同サイズのMVSクロノ・カイロスの係留も可能らしい。
「あ、見えて来たよ。おじいちゃん」
セノンが、無邪気に指さした。
「アレが、アクロポリス宇宙港なのか」
1000年前の古代人であるボクの目に、未来的に造成された巨大な宇宙港が映っていた。
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