イングリッシュ・ティーチャー
「うわあァ。け、結婚だって。ユミア、結婚してたのか!?」
パニクったレノンが、手に持った提供スマホを大理石の床に落とす。
「そ、そんなワケ無いでしょ。コイツの、妄言よ!」
ユミアは、リンゴ色に染まったホッペをハンカチで拭きながら、マークから距離を取った。
「お、お姉さま。ユミアさんが、外国の男性にキスをされましたわ!?」
「あ、あれはフレンチ・キスですわ。西洋では挨拶ホドの習慣に過ぎませんのよ」
アロアとメロエも、動揺を隠し切れないでいる。
「No(ノー)、それ、違いますね。フレンチ・キス、舌を入れる濃厚なキスのコトで~す」
マーク・メルテザッカーは、人差し指をスイングさせて間違いを指摘する。
「ウ、ウソですわ。そんなハズは……」
「ホントで~す。日本人、フレンチキスは、挨拶程度の軽いキス思ってる人、多いね。でもそれ、ライトキスよ」
「お、お姉さま。外国の方が仰っておいでなのですから、本当では無いでしょうか?」
「そ、そうですわね。メロエさん。ところで、アナタは一体?」
「オー、美しいツインズ。これはシッケイ。わたし、今度この教室で英語教えるコトになった、イングリッシュ・ティーチャーね」
「なんだ。新任の英語の先生か」
「いきなり結婚とか言い出すから、ビックリしちゃったよ」
もう1組みの双子姉妹が言った。
「Wow(ワァオ)! こっちにも双子(ツインズ)、いましたか」
「は、はい。ボクはカトルです」
「ボクは、ルクス。男の子っぽいケド、2人とも女のコだよ」
「双子なら、こっちにもおるでェ。ホレ、挨拶しィ~や」
「了解やで、キア姉。ウチは、ミアや」
「ウチはリア。よろしゅうな、金髪のあんちゃん」
「Really!? (マジで)。3組みも双子居るクラスルーム、見たコト無いよ」
両手で頭を抱えるジェスチャーをする、マーク。
「頭を抱えたいのは、こっちよ。なんで英語の先生が、わたしと結婚したなんてウソ付くのよ!」
レノンとタリアの間に隠れながら、語気を強めるユミア。
「うん、解る。ユミアとマークのキスの話題、今めっちゃ大きくなってるモン」
落ちたスマホを拾い上げたレノンが、画面を見ながら言った。
「マ、マジで!?」
「ああ。確かに、恒星にまで育っているな。フレンチキスとか、金髪とか、色んなワードを従えてるぞ」
タリアも、ユークリッターが生み出すワードの恒星系に目を落とす。
「な、なんてコトなの。せっかく目立たない様にしてたのに、一体わたしが何したってのよ!?」
「オー、ユミア。そんなに落ち込まないでクダサ~イ」
「ぜ、全部、アンタのせいでしょうが。いきなり入って来て、キスした挙句にウソまで並べ立てて!」
「ウソではありませんよ。メルト、忘れちゃいましたか?」
「だからそんなの、知らな……メ、メルトォ!?」
「少しは思い出しましたか、ユーミリア」
マークは、優しい笑顔を見せた。
「ねえ、ユミア。メルトってなにィ?」
「それに、ユーミリアって何だ?」
壁になってくれていた2人の少女が、後ろに問いかける。
「こ、子供の頃にやってた、MMOの話よ」
聞こえるかどうかの小声で呟く、栗毛の少女。
「なあ、キア姉。エムエムオーってなんや?」
「えいえい、おーなんちゃうか?」
「ちゃうわ。みんなでネットで集まってやる、ロールプレイングゲームのコトやな」
「なあんだ。結婚って、ゲームの話か」
「子供の頃って、どれくらいの時?」
「小学生の時……引き籠ってた頃よ」
「イエス。当時の彼女、イジメられて家に引き籠ってたね。そしてワタシも同じ理由で引き籠ってたよ、アメリカのペンシルベニアでね」
「ふ~ん。マーク先生も、昔は引き籠りだったんだ」
「当時のワタシは、親の仕事の都合でドイツからアメリカ引っ越したばかりだったね。ロクに英語話せなかったから、ハイスクールじゃ毎日酷い目に遭ってたよ」
マーク・メルテザッカーは、寂しそうな眼をした。
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