教師の光と影
「……たっく、なんでこんな騒ぎになってるのよ」
栗色の髪の少女が、遥か天空にある自分の部屋から、下界に集まった世話しない群集を見降ろしながらため息を付いた。
「ゴメンなぁ、ユミア。アタシが、勘違いして先生に喰いついちゃったばかりに……」
金髪たてがみの少女が、申し訳なさそうに項垂れる。
部屋のデジタル時計は、午前10時を回っていた。
「わたしも愚かだったわ。ユミアと先生との労使契約を、婚姻届けと勘違いするだなんて、今考えてたらあり得ないコトよ。本当に、ゴメンなさい」
正義を重んじる少女ライアも、自らの失敗に顔を赤らめる。
「そんなに謝らないで、レノン、ライア。根本的に悪いのは、久慈樹社長なんだから」
ユミアは寝室に戻って、ピンク色のパジャマを脱ぎ捨てながら言った。
そこは時計の様にベットが並んだ寝室で、多くの少女たちが元気に飛び跳ねていた。
「アイツが勝手に先生と、賭けまがいの契約をしたのが問題なのよ」
「えっと確か、アイドル教師の方のユミアの笑顔を、3ヶ月で取り戻さなきゃいけないんだっけ?」
レノンも、だらしなく着ていたオレンジ色のパジャマを脱ぎながら、返事を返す。
「貴女たち、もう10時なのよ。もっと早く起きて、着替えたら」
「え~、アタシはこれでも、早起きな方なんだケド」
「わ、わたしは元々、夜型だし……」
「困ったモノね」
ライアも同じ寝室で寝起きするウチに、大雑把でいい加減な少女と、夜にネトゲやスマホゲーに没頭する少女の性格も、大体は把握していた。
「と、とにかく悪いのはアイツ。みんなだって弱みに付け込まれて、こんな部屋で見世物みたいな生活をさせられてるのよ。ユークリッドの被害者よね」
「確かに、弱みに付け込まれたってのはあるわ。でも正直、ユークリッドに拾ってもらって無かったら、もっと悲惨な生活になっていた可能性が高いわ」
「ウチも同じだなぁ。それに天空教室のみんなって、いいヤツばっかジャン。カワイイ子もいっぱいだしさ。な~、アリスゥ」
レノンは、白いもふもふ髪の女のコを引っ張り寄せ、ホッペをプニプニする。
「や、やめて下さいィ~!」
「止めなさいって、アンタ!」
レノンの頭をポコンと叩く、アイボリー色の髪の少女。
「イッタ~、何だすんよメリー」
「嫌がってんだから、止めなさいって。アリスもいい加減、反抗しないとダメよ」
「はぁい、メリー先生」
「メリーも、すっかり良い先生ね。2人の学力も、それなりに上がってるんじゃない?」
ユークリッドの制服に着替えたユミア。
メリーはレノンとアリス、2人の生徒の学力アップに一役買っていた。
「相変わらずユミアは、上から目線ね」
「そ、そうかしら、ゴメンなさい」
「まあいいわ。一緒に暮らしてみて、それがけっこう天然だって解ったし」
「天然ですって。それ、酷くない」
「わたしは数学に置いては、ユークリッドのアイドル教師である貴女から、たくさん教わっているのよ。つまり、貴女はわたしの目標なワケ」
「ええ、メリーってもしかして、教師を目指してんのか?」
「でもでもォ、教え方上手いし、向いてると思うです」
2人の生徒も、顔を見合わせ納得する。
「そ、そうね。元々、子供の頃の夢でもあったし、アンタたちに勉強を教えてるうちに、わたしも目指してみようかなって考え始めたのよ」
「凄いよ、メリー。わたしは、先生って職業を好きになれなかったから……」
「意外だわ。だって動画の中の貴女は、あんなにキラキラと輝いていたじゃない」
「それは、お兄さまが生きていた頃の話。お兄様が死んでからは……もう……」
言葉を繋ぐコトが出来なくなった少女に、レノンとアリスが寄り添う。
「つまり、笑顔のアナタが輝いているのは、もう何年も前の動画なのね」
「オイ、メリー。もうその辺に……」
「いいのよ、レノン」
顔を上げたユミアの眼は、真っ赤に腫れていた。
「わたしは、お兄様に喜んで欲しくて、先生をやっていたのよ」
意を決し、心を開こうとする少女。
その時、天空教室のある超高層タワーマンションの地下駐車場に、1台の真っ白な高級外車が意気揚々と入って行った。
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