拡散する波動
「ねえ、先生。今の言葉、どんな意味!?」
傍らを見ると、ライオンのたてがみみたいな髪型の少女が、ボクをマジマジと見ている。
「ん、一体なんのコトだ、レノン?」
ボクは、彼女の言っている意味が解らなかったが、更に生徒たちが周りに集まって来た。
「なんのコトじゃ、ないですわ!」
「ユミアさんと先生が、何を決めないと行けないんですの?」
美貌の双子姉妹も、ボクに豊満な身体を押し付け迫って来る。
「詳しくは話せないが、契約のコトだよ」
「け、契約とはまさか、こ……婚姻届のコトでしょうか!?」
「ライアまで、一体どうしたんだ!?」
普段から真面目で正義を重んじるライアとは、思えない台詞に焦った。
「ねえ、先生。ちょっと」
栗毛の少女が、ボクのシャツを引っ張ってる。
「どうした、ユミア」
「いいから早く。これ、動画で全国に流れてんだから!」
ボクはユミアに背中を押され、モニターの並ぶ隣の部屋に押し込まれた。
「フフフ……これは、面白いコトになって来たじゃないか」
ブルーライトを浴びる久慈樹社長の顔が、不敵にほほ笑んでいる。
「あの、一体なにが面白い……」
「いいから、これを見て!」
ユミアのスマホ端末が、目の前に差し出された。
「ん、やたらとデカい恒星が、いくつも輝いてるな」
「輝いてるじゃないわよ。よく見なさい!」
ボクの顔に、スマホが押し付けられる。
「そんなに近づけたら、逆に見えないだろ。どれどれ……」
画面の内容を確認したボクは、頭が真っ白になる。
「『ユミア結婚』、『先生と生徒・禁断の恋』、『決めないと行けない時期』、キミたちに関連したワードが、ドンドン大きくなって行くじゃないか」
SNSアプリであるユークリッターは、ユーザーがアップロードする話題の多さに比例して、惑星がビジュアル的に大きくなり、やがて恒星へと進化する。
画面は既に、恒星が連星系を成していた。
「ど、どど、どうしてこんなコトに!?」
「キミは、自分が言った台詞を、忘れてしまったのかい」
久慈樹 瑞葉は、肩を竦めため息を吐く。
「ボクが……言ったセリフですか?」
改めて、自分が口にした言葉を思い出してみる。
『ユミア、ボクたちもそろそろ、決めないと行けない時期に来てるんじゃないか?』
「……あ」
ボクは、誤解を招きそうな台詞を思い出した。
「あ……じゃないわよ。もう、どうしてくれんのよ!」
栗毛の少女が、恨めしそうにギロリとボクを睨む。
「そ、そう言われてもだなあ」
「SNSなんか、わたし達の話題一色よ。マスコミやゴシップ誌だって、直ぐに食いつくわ」
「ここは素直に事実を話して、弁明するべきか。キミとボクが社長と交わした、アイドル教師ユミアの笑顔を取り戻す期限のコトを」
「今は何を言っても、無駄でしょうね。まったく、とんだ誤解を招いたモノだわ」
「言って置いてなんだが、まさか自分がスキャンダルの火元になるなんて、思ってもみなかったぞ」
それはまだボクが、本当の意味で『ユークリッドの教師』になるという事を、理解していなかったからに他ならない。
「ユークリッドの動画に出るって、そう言うコトなのよ」
ユミアの手には、エンジェルトリックブラシが握られていた。
「否が応にも、人の妬みや恨みを買ってしまうんだから」
栗色のソバージュのかかった髪が、ヒスイ色のストレートヘアに変わる。
「これは、久しぶりのお出ましだね」
雲が眼下に流れる超高層マンションの最上階に、ユークリッドのアイドル教師が姿を現した。
「キミは、それをたくさん見て来たんだな」
思えば夏には、ボクは彼女を無責任に誹謗中傷する側にいた。
しがないラーメン屋のブラウン管に映る彼女を、何も知らずに非難していたのだ。
「今、天空教室に居る彼女たちも、いつ世論や無責任な正義の餌食になるか解らないわ」
アイドル教師の蛍光ピンクの瞳は、哀しそうに沈んでいる。
「アア、肝に銘じて置くよ」
彼女が、本当の笑顔を取り戻せるのは、まだ遠い先のように思えた。
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