宇宙のオオカミ
ロッジのガラス戸を利用したモニターに、深淵の宇宙で行われる艦隊戦の様子が映し出された。
砲火を交える、2つの陣営の艦隊。
「マーズめ。軽はずみな行動を……!」
アポロは席を立って、モニターを怒りの碧眼で凝視する。
「ど、どうして戦闘になっているんだ。ボクは……」
「ええ。これは恐らく、マーズの暴走でしょう」
「宇宙斗艦長の艦隊は、仕方なく応戦していると言ったところでしょうね」
メリクリウスとセミラミスさんも、同様に表情を曇らせていた。
『モニター、マーズ様に切り替わります』
女性ぺレーターの声と共に、再びガラス戸の画像が切り替わる。
「よお、アポロ。悪いが勝手に、戦端を開かせて貰ったぜ」
真っ赤な髪に、燃えるようなオレンジ色の瞳、褐色の肌をした男が、モニターに映し出された。
「どう言うつもりだ。キサマにそんな権限は無い。さっさと、艦隊を撤収しろ」
マーズに対しても、高圧的な態度を崩さないアポロ。
「お前こそ、オレに命令する権限は無えハズだ。そいつらとの交渉は任されたんだろうが、オレはディー・コンセンテスから、軍の管轄権と火星圏の治安維持を任されている」
今度は、火星の影響下であろう宙域を航行する、深紅とオレンジ色の大規模艦隊が映し出される。
「それに、とっくに戦争は始まってんだよ。そいつの艦の装備に、オレの管轄する、フォボスのマーズ宙域機構軍のコンバット・バトルテクター、十二機が破壊されちまってるしな」
艦隊は巨大戦艦と宇宙空母を中心に構成され、どの艦の側面にもオオカミの紋章が刻まれていた。
「ヤレヤレ。確かにアナタは、火星圏代表であり、マルステクター社の会長ですが……」
「だからこそ慎重に物事を運ばねば、返って火星圏を危険に晒すと解からないのですか」
「これはこれは、宇宙通商交易機構の代表・メリクリウスと、カルデシア財団のご令嬢・セミラミス・カルデシア・アタルタギスじゃねえか。死んだと思われていた妹が生きていて、さぞや残念だろ?」
「それはいささか、聞き捨てなりませんねえ」
「いくら貴方と言えど、無礼が過ぎるのではありませんか!」
サーフパンツの金髪の青年は涼しい顔をし、白いビキニの女性は、豊かな胸を揺らし怒っている。
「無礼ですって、セミラミスお姉様。何を白々しいコトを、言っておいでなのかしら?」
すると褐色の男の傍らから、1人の女性が現れた。
「あのコ……クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダが死んで、最も利を得るのは、次の後継者候補であるお姉さまではなくて?」
「ナ、ナキア。どうして貴女が、マーズ様と一緒に居るのよ!?」
「わたしが誰と一緒だろうと、お姉様には関係の無いコトだわ」
女性は、しなやかな筋肉で覆われた腕に、自分の身体を絡みつかせる。
「ナキアって……もしかして、セミラミスさんの!?」
「ええ。あのコは、わたくしの実の妹よ……」
モニターを見つめるセミラミスの瞳は、どこか物悲しさを秘めていた。
「始めまして、宇宙斗艦長。わたしは、ナキア・ザクトゥ・センナケリブ」
そう名乗った女性は、セミラミスより僅かに若く、胸やお尻も少しだけ小ぢんまりとしている。
「初対面ながら恐縮ですが、アナタの艦隊は間もなく、宇宙の藻屑となって消えるでしょう。この艦、ナキア・ザクトゥと、マーズ様の率いる6個艦隊によってね」
日に焼けた肌に、カーネーション色のロールしたツインテールは床まで伸び、大きな釣り目にはエメラルド色の瞳が輝いていた。
「ナキア・ザクトゥは既に、カルデシア財団の後継者争いからは外れている。マーズ、キサマそんな女を囲っていたのか?」
アポロが言った通り、彼女の名前にだけ『カルデシア』の名が、入っていない。
「まあな。長い歴史の中には、さらに大勢の後継者候補が居ながら、王となった者も大勢居るんだぜ」
「マ、マーズ様。心より、お慕い申し上げております」
頬を紅く染め、潤んだ瞳で軍神を見つめるナキア。
「これより、オレ自らが旗艦に移って指揮を執る。アポロ、キサマはせいぜい、任された交渉とやらでも進めて置くんだな」
マーズは、ナキアの腕を振り解いてキスをすると、画面外へと歩き出す。
軍神に率いられたオオカミの群れは、一斉にボクの艦(MVSクロノ・カイロス)へと牙を剥けた。
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