女王の帰還
シャロリューク・シュタインベルグが世界から消滅した頃、舞人と女王レーマリアを中心とした一行はイティ・ゴーダ砂漠を迂回するルートを抜け王都へと差し掛かっていた。
「女王陛下、王都が見えて参りました」
「これは、思った以上に酷い有り様ですね」
「国民の家屋だけで無く、王城や王宮すらも跡形もありません」
アルーシェ・サルタール、ビルー二ェ・バレフール、レオーチェ・ナウシールの3人の少女騎士が、王都の惨状に驚きの声を上げた。
「破軍と破滅の魔王ザババ・ギルス・エメテウルサグとは、これ程までに強力な魔王だったのですね」
レーマリアは、少し小高い丘の上から王都を見渡す。
彼女が皇女として王都を発し、ニャ・ヤーゴへと向かったときはまだ、王城も健在で巨大な王国を優雅に見降ろしていた。
今は、城の主たる先王も亡くなり、土台の石垣が僅かばかりに残るだけであった。
「これでも、復興が進められている方なのです」
「魔王ザババは、破壊の限りを尽くしました」
「その時の王都は、家は炎に包まれ人々は逃げ惑い、まさに地獄絵図でした」
ナターリア・ヒルデブラント、オベーリア・シンディーネ、ダフォーリア・ケイトファルスの3人の侍娘は、王都を脱出した時の情景を思い出し、身震いする。
「アタシらはあん時、商船の護衛でシナヌ河を下って、隣街のポタモイに居たんだ」
「でもさ。そっからでも王都が、ボーボー燃えてるのが解かったモンな」
「アルーシェたちも、王都には居なかったのか?」
ヤホッカ・ドゥ・エー、ミオッカ・ガァ・オー、イナッカ・ジュ・イーの3人の獣人娘が、少女騎士に問いかける。
「ええ。我らザバジオス騎士団は当時、ゴルディオン砦に駐屯しておりました」
「実際に、戦場となった王都には行っておりませんが……」
「これ程までに、酷い状況だったのですね」
一行は丘を降り、王城の正門だった場所に差し掛かろうとしていた。
「おお、レーマリア皇女殿下だ!」
「皇女殿下が、王都に戻られたぞ」
「バカ、今は皇女殿下じゃなくて、女王陛下だろ!」
瓦礫を取り除いていた作業夫や、食事を配って回っていた女たちから、歓喜の声が湧き上がる。
「女王陛下、遂に王都にお戻りになられたのですな。
柱だけとなった建物や崩れた石壁の間を抜け広場に出ると、1人の男が慌ただしく駆けて来た。
「セルディオス将軍。よく無事で、いて下さいました」
レーマリア女王は馬を降り、男の手を取る。
「勿体ないお言葉……王都が救われたのは、雪影殿の鬼神の如き働きや、双子剣士の武勇、双子司祭の魔法力があってのコト」
地面に膝を付きうなだれる、初老の騎士。
「わたしが不甲斐ないばかりに、多くの者を死なせ、先王すらもお助けするコトは叶いませんでした」
「いいえ。今こうして生きている国民にも、貴方に救われた者が少なからず居るハズです。わたしの部下にも、3名程おりますからね」
女王は、部下の侍少女たちに視線を移す。
彼女たちは、セルディオス将軍のお陰で王都を脱出し、ニャ・ヤーゴに急報を知らせたのだ。
「ま、そー言うこったな。相手はとんでもなく強大な魔王だったんだ。しゃーねえさ」
すると、セルディオス将軍の背後から、野性的なオレンジ色の長髪の男がやって来る。
「いくら嘆いたところで、死んだ人間は戻らねえ。だが、壊れた王都なら復興できるってモンよ」
男は丸太の様な腕で、本物の丸太を担ぎ上げ、城壁の復旧の一端を担っていた。
「ご苦労です、ラーズモ。王都の復旧は、どれ程進んでおりますか?」
「見ての通りよ。随分と派手にぶっ壊してくれたからな。生き残った獣人どもを総動員して当たらせてるが、やっと足場や土台が組み上がるかってところだ」
元老院の五大元帥の1人である、ラーズモ・ソブリージオの周りでは、彼と同族の獣人たちが土木作業に精を出している。
「城壁よりも、国民の家の復興を先にするべきではありませんか」
「そうも行かねえんだよ。この辺の城壁は、シナヌ河の堤防も兼ねてる。大雨が降れば、濁流が王都に流れ込んじまうぜ」
「そ、そうですか。もう直ぐ雨期に入ります。何か、足りない物はありますか?」
「ああ、あるぜ。人員、物資、建材、時間……何もかもだ」
女王は、閉口して言葉も出ない。
「これが……人の上に立つってコトなのか……」
自分と同年代の女王の様子を、たた見ているコトしか出来なかった蒼い髪の英雄。
王都の空を見上げると、鈍色の雲が渦を巻いていた。
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