マホ・メディア
ニャ・ヤーゴの城の迎賓用の部屋には、丸い大きなテーブルが用意されていた。
テーブルを囲むように、入浴を終えた少女たちが顔を並べている。
「これがムオール渓谷の谷間の村で見つけた、シスターの日記じゃ……」
漆黒の髪の少女が、薄汚れた一冊の本をテーブル中央に置いた。
「この日記には、サタナトスと人間の忌まわしき過去が、書かれておってな」
日記をめくり始める、ルーシェリア。
「サタナトスのみならず、人間の……とは、どう言う意味でしょうか」
「ルーシェリア様は、元は魔王であった身」
「人間に対し、敵意を持っておられるのではありませんか
「お止めなさい、アルーシェ、ビルー二ェ、レオーチェ。ルーシェリア様は、わたくしがお招きした客人ですよ。失礼ではありませんか」
「申し訳ございません、女王陛下」
「出過ぎたマネを致しました」
「どうかお許しを」
三人の少女騎士は、レーマリアに頭を下げた。
「人と魔族は、互いに相容れぬ存在よ」
「妹たちの言葉で、お気を悪くされたのでしたら……」
「そうでは無いのじゃ、レーマリアよ」
漆黒の髪の少女の紅い瞳に、人間の女王の姿が映る。
「この日記には正しく、魔族と人間との間に起こった、悲劇が描かれておったのじゃ」
それからルーシェリアは、日記の内容を解りやすく円卓の少女たちに説明した。
「え、えっと、よォ~するに、サタナトスの母ちゃんは、天使だったんだろ?」
「違いますよ、ヤオッカ。天使の血を引く、村の巫女だったのです」
「村の人たちの、ケガや病気を治してたんだよな。そしたら、王さまに呼ばれたんだろ?」
「概(おおむ)ね合ってますね、ミオッカ。突如として現れた魔王に対し、王の命令で討伐パーティーが結成され、その回復役(ヒーラー)として招集されたのです」
「そんでもって、最強パーティーで魔王に挑んだのに、負けちゃったんだよな?」
「端的に言えば、そうなりますね、イナッカ。蜃気楼の剣士であるラディオ様以外は、全滅したかに思われていたと……」
3人の獣人娘の先生となり、教え諭す3人の少女騎士。
元は異なる陣営から送り込まれた彼女たちも、今は本当の姉妹のように仲が良い。
「わたくしも、当時の最強パーティーについては、曾祖父……先代の王より、聞き及んでおります」
レーマリアは目を閉じ、脳裏に過去の記憶を蘇らせる。
「当時、パーティーに参加されたのは、サバジオス騎士団の団長であったオシュ・カー様、獣人の中でも狂戦士と謳われたガーマ様、修羅の剣のカル・バック様、妖精族の天才魔導士ラー・ディオク様……」
「いずれも騎士養成所時代に、聞いた名前ばかり」
「ラディオ様を含め、錚々たる顔ぶれですわ」
「それ程までのパーティーに、サタナトスの母は参加していたのですか?」
「名を、マホ・メディアといったそうです」
女王は、目を開いた。
目の前に出されていた冷めた紅茶に、自分の浮かない顔が揺れている。
「フム、美しい名じゃ」
漆黒の髪の少女はティーカップをつまみ、紅茶を飲んだ。
「慈悲の心に溢れた、長く美しい金色の髪の女性であったと、王は言っておられました」
「そんな女性が国の為とは言え、魔王との戦いを強いられたのですね」
「パーティーは敢え無く魔王に敗れ、彼女自身も行方不明になったかに思われた」
「魔王との戦いより二年が過ぎた頃、故郷の村に現れた彼女は……」
ナターリア、オベーリア、ダフォーリアの、三人の侍少女の声のトーンが、段々と落ちて行く。
「腹に、子供を身籠っておったのじゃ」
ルーシェリアの言葉に、一同は沈黙する。
「村では、戻って来た巫女のお腹の子の父親が、誰であるかで論争が起きてな。魔王によって、手籠めにされたとの意見で纏まったのじゃ。村にとっては、まさしく厄介者よ」
円卓には、重苦しい空気が流れた。
「治療もされず、村人たちによって馬小屋に捨て置かれたマホ・メディアは、ほどなくして双子を出産すると、産後の肥立ちが悪く死んだそうじゃ」
「なんと哀れな……」
「惨いモノですね」
「か、可愛そうなのだ」
衝撃的な事実に、少女たちの中で動揺しない者は居なかった。
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