聖女パレアナ
「ようこそお越し下さいました、ルーシェリア。出迎えもせず、こんな姿で申し訳ないのですが」
レーマリアは湯舟の中で立ち上がると、小さく頭を下げる。
「それはお互い様じゃろうて。こちらも、直ぐに応じられなかったワケじゃしな」
金色の髪が揺れる湯面に、新たに漆黒の髪が加わった。
「やはり、因幡 舞人は……」
「パレアナを失ったショックは、隠せないようじゃがな。少しずつ立ち直ろうとはしておる」
二人は、浴場を見渡した。
「思えば数日前には、この浴場に皆で入っていたのですね。その時は……」
「パレアナも、おったのォ。覗きをしたご主人サマを、こっ酷く叱っておったわ」
「それから僅かの時間で、多くの人命が失われてしまいました。パレアナも、わたくしが祈りを捧げようと教会に赴いたばかりに……」
皇女だったレーマリアは、王都が壊滅したとの報を聞き、居ても立ってもいられず、丘の上の教会に足を運んだのだ。
「パレアナは、優しい少女でした。教会に赴いた理由も、同い年の女の子と会話がしたかっただけかも知れません。その結果が……」
「ヤレヤレ。魔王であった妾が、まさか人間の女王の懺悔を聞くコトになるとはのォ」
「も、申し訳ございません。わたくしは、弱く臆病な人間なのです」
「女王陛下……いえ、姉上。余りご自分を、責めないで下さい」
「今、ニャ・ヤーゴの街では、パレアナ様の噂が上がっております」
「その身を呈して女王を救った、聖女であると」
浴場に入って来た、三人の少女が言った。
浴場の警備をしていた、ナターリア・ヒルデブラント、オベーリア・シンディーネ、ダフォーリア・ケイトファルスの三名の侍少女だ。
「その噂、わたくしたちも耳にしました」
「王宮魔導所を統括する神聖国家の代表、ヨナ・シュロフィール・ジョ猊下に掛け合って……」
「パレアナ様を聖女の列に加えようとする者たちも、いる様でございます」
アルーシェ・サルタール、ビルー二ェ・バレフール、レオーチェ・ナウシールの少女騎士三名も、女王を慰めようと言葉を紡ぐ。
「パレアナが……聖女」
「あの娘は、立派なシスターになりたいと意気込んでおったわ。それが、一足飛びに聖女とはのォ」
ルーシェリアはパレアナが生きていれば、分不相応だと言って辞退するに違いないと思った。
「聖女ォ?」
「聖女ってなんだァ?」
「美味いのか?」
ヤホッカ・ドゥ・エー、ミオッカ・ガァ・オー、イナッカ・ジュ・イーの獣人三人娘が、頭に疑問符を浮かべている。
「聖女は、食べ物ではありません」
「貴女たち、どこまでアホなのですか」
「な、なんだとォ!?」「やるかぁ!」
「良いのかえ。女王の御前であろうに?」
「た、確かに。申し訳ございません、お姉さま」
「お姉ちゃん、ゴメンなのだ」
「それにヌシらも、浴場に鎧姿とは無粋では無いかえ?」
「こ、これは……警備上、致し方なく」
「ナターリア、オベーリア、ダフォーリア。鎧を脱いで、共に入りましょう」
「で、ですが我々は、姉上の入浴中の警備を」
「いいから、言う通りになさい。姉の命令ですよ」
侍少女たちは姉の絶対命令により、鎧を脱ぎ捨て裸となって戻って来た。
「ヤレヤレ、前置きが随分と長くなってしまったのォ」
「前置きとは……」
「そう言えばルーシェリア様は、どの様なご用件で招かれたのでしょうか?」
「貴女たちにはまだ、話していませんでしたね」
9人の妹たちに囲まれ、母親のような表情を見せるレーマリア。
「妾が呼ばれた理由など、決まっておろう」
漆黒の少女の吊り目が、赤く輝く。
「サタナトス・ハーデンブラッド……ヤツの出自についてよ」
それは、パレアナを殺害し、王都で多くの人命を奪った金髪の少年の、過去の物語でもあった。
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