日記の記憶
蒼く切り立った岩山の、中腹にポッカリと口を開けた洞窟。
洞窟の中には、そこがかつて宗教儀式を執り行う場所であったコトを示す、崩れた遺跡の痕跡が僅かに残る。
「ヤレヤレ。まさか、『マルショ・シアーズ・フェリヌルス』ばかりか、『ザババ・ギルス・エメテウルサグ』までもが倒されてしまうとはね」
怪しげな模様が刻まれたタイル貼りの床に寝そべった、金髪の少年が言った。
『ククク……無様な姿だな、金髪の小僧よ』
鍾乳石に覆われた天井に、響く低い声。
「アレ。キミやっぱ、死んでなかったんだ?」
少年は下半身を欠落しており、上半身だけの存在となっていた。
『我が、アレしきの攻撃で滅ぶモノか。最も、次元の狭間の深い場所に追いやられ、少々手こずってはいるがな』
「だったらボクが、キミを再び召喚してあげるよ、ザババ」
『元から、そのつもりであったのだろう。ここは、我の神殿があった場所故な』
「だけど、人間にも手強いヤツが居るモンだね。キミを倒した雪影って剣士もそうだし、少女の姿にしたとは言え、シャロリュークも侮れない」
『クク、お前にしては弱気な言葉だ。妹を、復活させるのでは無かったのか?』
「そう……だったね」
虚空を見つめていた、ヘイゼルの瞳を閉じる少年。
「あの日、ボクは最愛の妹を失った」
洞窟の外では、雪の混じった風がビュウビュウと音を立て、灰色の空に渦を巻く。
「母が死に、孤独なボクに唯一残された妹、アズリーサを……人間どもの手によって、殺されたんだ」
舞い上がった風は、やがて山を降り平原を拭き抜けた。
平原に築かれた城郭都市のシンボルである、一対の金色の魔物が画かれた旗が揺らめく。
「ムオール渓谷にある村の巫女であった、マホ・メディア様が……」
「魔王との死闘の二年後に、故郷の村に帰り付き、産み落とされた双子」
「そのうちの一人が……」
状況を整理し、事態を推察するアルーシェ、ビルー二ェ、レオーチェの三人の少女騎士。
「そう、サタナトスじゃ」
ルーシェリアは日記の、それまで話した内容の続きを語り始める。
「サタナトスは、白い肌に金色の髪の赤子での。母親と同じく、天使を思わせる容姿だったそうじゃ」
「ルーシェリア殿は、双子と仰いましたな?」
「それが事実であれば、サタナトスに兄弟が居たコトになります」
「その御仁は、どうされたのでしょうか」
ナターリア、オベーリア、ダフォーリアの三人の侍少女が、仰々しく伺いを立てた。
「名を『アズリーサ』と言っての。サタナトスの、双子の妹じゃよ」
「アズリーサか?」
「なんか、可愛らしい名前だな」
「ソイツは、どんなヤツだったんだ?」
ヤホッカ、ミオッカ、イナッカの獣人三人娘が、無邪気に問いかける。
「兄とは異なり、蒼い髪の赤子だったと書いてあったわ。二人は村の教会に預けられ、シスターによって育てられたのじゃ」
「シスター……もしかして、この日記を記したのは?」
三人の侍少女と、三人の少女騎士、三人の獣人娘の主である、女王レーマリアが問いかける。
「ムオール渓谷の谷間の村の、教会のシスターじゃ。じゃが他の村人たちは、二人を忌み嫌った」
「ど、どうしてなのだ?」
「二人の父親が……原因なのでしょうね」
ヤホッカの質問に答える、女王。
「村人たちは、二人の父親が魔王だと思っておった。しかも、その魔王は今も健在じゃから、二人は魔王のスパイだとも噂されたらしいの」
「それで、二人はどうなったのでしょうか?」
「村人たちの、陰湿な嫌がらせもあってな。特に妹のアズリーサは、蒼いボサボサ髪に、口元にやい歯といった風体での。格好のターゲットとされたのじゃ」
ルーシェリアは円卓を立ち、窓辺に立つと遠くの灰色の空を見上げた。
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