金髪の天使の追憶~1
小さな教会の窓から覗く空は、鈍色に湿っていた。
「兄さま……今日も、村の人来てる?」
蒼いボサボサ髪の少女が、幼い顔を強張らせる。
「心配ないさ。アズリーサは、ボクが守ってあげるからね」
金髪の少年が、天使のように微笑んだ。
「ゴメンなさい、サタナトス兄さま。わたしが、こんな髪なばかりに……」
「キミが気にするコトは無いさ。悪いのは、全部村のヤツらなんだ」
少年のヘイゼルの瞳が、怒りを帯びる。
「それにボクは、キミの髪が大好きなんだ。キミの、蒼い髪の毛がね」
椅子に座った妹の髪を、梳かす金髪の少年。
すると、二人の居た部屋のドアがノックされた。
「サタナトス、アズリーサ、食事ですよ。直ぐに食堂に、集合なさい」
「行けない、シスターだ。怒らせると怖いから、早く行こう」
「ええ、兄さま」
髪の色の違う双子兄妹が食堂に着くと、子供たちが10人ほど長テーブルを囲んでいる。
「ケッ、魔族のスパイが来たぜ」
「お前らの父ちゃん、魔王なんだよな?」
少年たちが、悪態を付いた。
「お止めなさい。二人のお母さまは、この村で貧しい村人を治療していた巫女様でした。魔王の討伐パーティーにも参加された、立派なお方なのですよ」
「だけど、魔王に負けたんだよなあ?」
「魔王に無理やり、子供生まされたんだろ?」
「その子供ってのが、お前らってワケだ」
「証拠も無しに、人を責めるモノではありません」
「証拠ならあるぜ。アズリーサの蒼い髪」
「お前の不気味な蒼い髪が、何よりの証拠だ」
「いい加減になさい。蒼い髪が何だと言うのです。確かにこの村の周辺では、蒼い髪は珍しいですが、都会に出れば……」
「そいつらだって、魔族の血を多かれ少なかれ引いているんだろ?」
「オレたちの父ちゃんや母ちゃんは、魔族に殺されたんだ!」
「コイツらと同じ、魔族にな」
一人の少年が、蒼い髪を掴み引っ張った。
「きゃああッ。い、痛い!」
「お前ら、止めろ。アズリーサに、手を出すなァ!」
金髪の少年が、妹の髪を傷つけた少年を強引に押しのける。
「ガハッ!?」
少年は長テーブルの先の、暖炉まで飛ばされ血を吐き気を失った。
「ああ、何と言うコトを!」
シスターは倒れた少年の元へと駆け寄り、抱き起こす。
「サタナトス、貴方は自分が……何を……!?」
加害者である金髪の少年を見たシスターは、ハッと目を見開き言葉を失った。
「随分と、弱っちいなあ。偉そうにしやがったクセに、大したコトないね」
サタナトスは、天使のように微笑んでいだ。
その事件があった日から、表立ってアズリーサをイジメる子供たちは居なくなる。
サタナトスに恐怖を感じたシスターは、頻繁に二人の絵を画く様になった。
「今日もお願いね、二人とも」
「はい、シスター」
「ヤレヤレ。アズリーサはよくいつも、ジッとしていられるね」
「サタナトス兄さまは、ジッとしているのが一番の苦手ですものね」
「ああ、最近は谷底の枯れた湖の下に、遺跡を見つけてね。そこを、隠れ家にしているんだ」
「サタナトス、貴方は湖の遺跡に行ったのですか?」
「何だよ、大人たちも知っていたのかよ」
「いいですか、サタナトス。あの遺跡には、行ってはなりません」
「なんで。可笑しな牛の巨人像とか、溶岩湖とかあって面白いのに?」
「昔、今よりも交通の便が悪く、外界からも隔絶されたこの村では、よく飢饉が起きていました」
「今だって、大して変わらないじゃないか」
「兄さん!」
「ヘイヘイ。悪かったよ、アズリーサ」
「当時は、牛頭の神に子供の生贄を捧げるコトで、飢饉を回避していたのです」
「そ、そんな……」
「頭が、おかしいんじゃないのか?」
「ムオール渓谷の痩せた土地では、大した作物も育たず家畜も飼える状況ではありません。仕方なかったのでしょう……」
「だからって、そんなコトで飢饉は……」
「体の良い、口減らしだったのですよ」
シスターは、キャンバスに落とした筆を止めた。
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