PK
「何やってんだ、杜都。完全なレイト(遅れた)タックルじゃねえかよ」
体育館のコートに、紅華さんの怒声が響く。
「つうか、フットサルはスライディングタックルでボール奪うの、禁止だっつったろ」
「ス、スマン。自分の、判断ミスだ……」
「しかもファールの位置、ペナルティエリアの中だろ?」
黒浪さんも、杜都さんを責め立ててる。
「それよりも、今のプレーで杜都は退場だ。交代選手が居ないオレたちは、4人で戦うコトになる」
雪峰さんが、残酷な現実をみんなに伝えた。
「もう、負け確じゃねえかよ。やってらんねーな」
「お前も簡単に、ボールを奪われ過ぎだ、紅華」
「偉そうに。テメーだって、あのデブ親父どもを全然止められてねェだろ」
「せめて、パスコースくらいは切ってくれ。そうじゃ無いと、狙いも絞れない」
「今さらパスコースを切ったところで、6-0だぜ」
「しかもオレさまたち、4人になっちまったしな」
チームに、諦めのムードが漂う。
「ボクがカード占いをするまでもなく、チームは崩壊したね」
試合を二階から観戦していた、柴芭 師直が呟いた。
「そうだね。今日のトミン、全然冴えてないじゃん」
「やっぱ中学のサッカー部、途中で辞めちゃったのが影響してるのかな」
「他のコたちも、纏まってない感じだしィ」
感情と感覚で物事を説明する、女子高生たち。
「紅華ってヤツも、試合前は柴芭さんに噛みついてたのに、ただの雑魚っスね」
「黒浪も、スピードを封じられりゃ、タダの犬っころだし」
「こりゃオレらの相手、背・アブラーズっスよ、柴芭さん」
「そうだね」
柴芭 師直は、カードをシャッフルするのを辞め、立ち去ろうとする。
「まだ、カーくんが……」
「え?」
柴芭が振り返ると、試合会場を見つめる板額 奈央の姿があった」
「まだカーくんは、諦めて無いハズです」
「諦めて無いってアナタ、もう6点差だよ」
「PKは決まってません。今は5-0です」
「オイオイ、姉ちゃん。アイツ、キーパーは素人だろ?」
「セルディオスっておっちゃんに、毎回逆を突かれてるぜ」
「しかも今回はPKだぜ。止められるハズねェだろ」
穴山三兄弟や、女子高生たちの視線の先。
セルディオス・高志がペナルティマークにボールをセットする。
「で、でも、カーくんは……」
手を合わせ、祈るようにペナルティキックを見つめる奈央。
「御剣 一馬か。彼のカードは……『太陽(ザ・サン)』」
柴芭が引いたカードは、正位置だった。
「太ったオジサンが、助走を始めたぁ」
「これは、確実に決まるっスよ」
ボクの目の前で、タップンタップンと揺れる腹。
オジサンが、シュート体制に入る。
「一馬、お前はキーパーじゃない。フィールドプレーヤーだ」
背中から、声が聞こえた気がした。
今のって、倉崎さんの声?
だけど、振り返ってる余裕なんて無い。
「今度は、インサイドキックだぞ」
「でも、メッチャ強力なシュートだ」
うわ、凄いシュート。
こんなの、キーパーなんて初めてのボクに、取れるワケ……。
でも……言われてみれば、ボクはキーパーじゃない。
自然に右脚が出る。
ボクの右を狙ったシュートは、何とか脚に当たり、ピッチの外へと弾かれる。
「柴芭さん。あのヤロウ」
「PKを止めやがったっスよ」
「ああ……」
御剣 一馬、彼はこのチームの運命を、変えられるのか……。
「やったやったぁ、カーくんが止めたァ!」
「うれしいのは解るケド奈央ちゃん、まだ5-0だよ」
「そうだぜ、相手のキックインからの再開だ」
タッチラインから豊満ボディのオジサンが、ゴール前にボールを蹴り込む。
「ヘイ、ボーイ。さっきは止められましたが、次は決める……ね……アレ?」
「オイ、ゴールがガラ空きじゃねえか」
「……って、見ろよノリスケ!」
「キーパーが、中央へのパスを……」
「一馬が、カットしたぜ!」
「フム、やるな」
黒浪さんと、白峰さんが喜んでる。
でも、まだ6点取らなきゃ……。
ボクは、左サイドに開いていた紅華さんに、パスを通した。
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