メタボリッカー
「ピーーーーーーーーーッ!」
審判の笛が鳴り響く。
前半終了の合図だった。
「もう前半が、終わりなのかよ?」
「フットサルは、20分ハーフだからな。プロサッカーの半分以下の時間だぜ」
「これで、ワカリマ~シタか?」
ゴールを決めたオジサンが、紅華さんと黒浪さんに近づき、片言の日本語で喋り始める。
「フットサル、確かにテクニック、スピード必要。でも一番重要なの、パスね」
「テクニックよりも、パスが重要だとォ」
「フットサルのボールじゃ、スピードに乗れねェだけだぜ」
「ボール、汗かかない。まだ気付きませんか?」
ボクたちはこのオジサンが、セルディオス・高志という名前なのを知らなかった。
「こ、このメタボ親父、高説を垂れやがって」
「ノォ、メタボ呼ぶの、良くないね」
「じゃあ、なんて呼ぶんだよ」
「『メタボリッカー』、呼んでくださ~い」
「うおぉぉ、なんかヒーローみたいでカッケー」
「アホか、クロ。ただのビール腹だぜ」
「ビール腹、違いま~す。『メタボリック・アーマー』ね」
「どこをどう間違えれば、そうなるんだ」
「カ、カッケー」
ゴールを決めたオジサンは、タプタプと大きな腹を揺らしながら、自軍のベンチへと戻って行った。
「可笑しなオッサンだが、手強い相手だぜ」
「どうすっよ。4点差だぞ。オレさまのスピードが、使えないんじゃな~」
「……じ、自分は、シュートをぶつけてしまった女生徒たちに謝罪を!」
紅華さんと、黒浪さんと、杜都さんは、三者三様に落ち込んでいる。
かく言うボクも、キーパーは素人とは言え、4点も取られちゃった。
流石に、落ち込むなぁ。
「後半、大幅な修正が必要だ」
白峰さんが言った。
「修正っつっても、具体的にどうすんだ?」
「そうだな。お前と黒浪には、高い位置でボールにプレッシャーをかけてもらう」
「このオレに、守備をしろってのか、雪峰」
「オレさま、いきなり戦術とか覚えられないぞ」
「サッカーはチームスポーツだ。フットサルとて、それは同じ。一人一人が好き勝手に動いているだけでは、今の相手には勝てない」
「だけど今のオレたちには、決まったチーム戦術なんてねぇんだ」
「今までやって来たコトと言えば、河川敷での個人練習くらいだしな」
「ウウム、しかしだな……」
チームを纏め勝利に導くという難題は、優等生の雪峰であっても大変そうに見えた。
「トミン、せっかく応援に来たのに、良いトコ無しじゃない」
「相手は、ブヨブヨのお腹のオジサンなのにィ」
体育館の2階で観戦していた、8人の女子高生たちが好き勝手に言う。
「まあまあ、レディーたち。フットサルとは、簡単では無いのですよ」
「あ、柴芭さんだぁ」
「えっと、そっちの三人は?」
「彼らは、ボクのチームのメンバーでしてね。名を穴山 範資(のりすけ)、貞範(さだのり)、則祐(のりすけ)と言います」
「三人とも坊主頭だ」
「顔もソックリだしィ」
「ノリスケさんが、二人いるゥ」
女子高生たちは面白がって、坊主頭を撫で始める。
「う、うわあ!?」「シ、柴芭さん!」
「や、止めるように、言ってくれェ」
茹でダコのように真っ赤になる、三つ子。
「そ、それより柴芭さん。カーくんたちは、試合に勝てないんですか?」
「キミは確か……板額(はんがく) 奈央ちゃんだったね」
「は、はい」
「彼らの今の運命は、暗転している」
「暗転……ですか」
「例えば紅華。彼の引いたカード、恋人(ラバーズ)の逆位置は、誘惑、破局、快楽に溺れるなどだ」
奈央が下の試合会場を見ると、後半が始まっていた。
「彼は、ドリブルにこだわるあまり個人プレーに走り、1対1(ワン・オン・ワン)を挑んではボールを奪われ、明らかに浮足立っている」
「カーくん、またシュート決められちゃった」
紅華さんが奪われたボールを決められ、背・アブラーズの得点が加算される。
「ボランチの杜都は、戦車のカードの逆位置。がむしゃらな突進力を持った彼だが、裏を返せば高度な判断は苦手なんだ。先ほどキミたちの鼻先をかすめたシュート以降、混乱をきたし悪い判断が目立つね」
「も、杜都さんのタックルが……」
体育館に、審判の笛が響いた。
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