認めたくない真実
「な、なんのご冗談……ですかな」
デイフォボス代表の脇腹からは、ドクトクと赤い液体が溢れ出る。
「イーピゲネイア様が、トロイの木馬などと……そんなコトが……あるハズ……」
それでも尚、現実を受け入れられない黒き英雄。
「まったく、なんと愚かなのでしょうね。人間と言う存在は」
イーピゲネイアは、吐き捨てる言うに言った。
「その命が消えようとしているのに、まだ現実を把握できていないのですか?」
ターコイズブルーの瞳には、司令室の床に伏すデイフォボスの姿が映っている。
「説明してくれよ、宇宙斗艦長。イーピゲネイアさんは、ギリシャ群からのスパイなのか?」
「恐らくな、真央」
ボクはまず、彼女の過去を辿ってみる。
「かつて、ギリシャ群から小惑星ごと宇宙の長距離移動を果たし、このトロヤ群へと来訪した英雄、アガメムノン。その娘が、彼女だ」
イーピゲネイアに、指令室にいた全員の注目が集まった。
「オイ、ちょっと待てよ。それじゃあ、トロイの木馬の正体は……」
真央の額から、汗が滴る。
「ギリシャ群から、トロヤ群への宇宙航海を行った小惑星アガメムノン。それ自体が、『トロイの木馬』だったんじゃないかな?」
「そ、そんな……」
「まさか、そんなコトって!?」
ヴァルナとハウメアは互いに抱き合い、女神の様に美しい少女の顔色を伺った。
「フッ、人間にしては頭が切れますね」
イーピゲネイアは、美しい金髪を靡かせ宙を舞う。
「バ、バカな……それでは、このわたしは……」
黒き英雄は、血に濡れた手で頭を抱えてうずくまった。
「そうとも知らず、ギリシャ群からの来訪者を主と崇め……あまつさえ……」
「デイフォボス、貴方はよく尽くしてくれましたね。ですが、貴方の役目は終わりました」
金髪の美少女は、発光する右手を瀕死の英雄に向ける。
「イーピゲネイアさん、止めて下さい!」
栗色の少女がボクの腕から抜け出し、黒き英雄の前に立った。
「なんなのです。お前も、死にたいのですか?」
「どうして、そんなに酷いコトを言うの。デイフォボスさんは、貴女のコトを……」
「なる程……この男の忠誠は、アガメムノンの血脈を欲っしてのコトですか」
「違う、そうじゃ無いよ!」
セノンの涙が、宙空を舞う。
「止めるんだ、セノン。下がれ」
「で、でも、おじいちゃん」
ボクはセノンを抱えると、後ろにステップした。
「残念だけど、彼女は人間では無いんだ」
「え……ウソ」
セノンの小さな腕と胸が、ボクの腕を締め付ける。
「お前もホントは、気付いてるだろ」
「人間は、手から閃光を放ったりしない……」
「彼女は、アーキテクター(機構人形)だよ、セノン」
真央とヴァルナとハウメアも、シートベルトを外して席を立つと、ボクの後ろに回り込んだ。
「気を付けろよ、みんな。彼女の戦闘力は、未知数だ」
「ああ、解ってるぜ、宇宙斗艦長」
真央=ケイトハルト・マッケンジーは、スカートのポケットから何かを取り出す。
「今はこっちにも、『チューナー』があるんだ。好きにやらせるかよ」
メリケンサックのようなモノを、人差し指でクルクルと回し、両拳にハメた。
「それがチューナーか。そう言えば、フォボスのプラント事故の時に言ってたな」
「チューナーは、人間の身体機能に応じて作られる武器でさ。アタシの『カエサル・ナックラー』は、この通り格闘型のチューナーなんだ」
真央が、チューナーをハメた拳を胸の前で合わせると、激しい電磁放電が迸る(ほとばしる)。
「アーキテクターを前に、パンクラティオンでも始める気ですか?」
パンクラティオンとは、古代ギリシャの格闘技だ。
「それも、面白そうだな」
真央は、ニッと笑った。
前へ | 目次 | 次へ |