芸能人一家
「イヤ、何となくそんな気がしてな」
言葉ではそう言ったが、他に二人がここに居る理由が思い浮かばなかった。
「テミル、言っていたよな。この家はかつて、芸能人一家の持ち家だったんだろ」
「そうっスよ……って、それじゃあお二人は!?」
「ええ、そうですわ」
安曇野 亜炉唖と、安曇野 画魯芽の双子姉妹は、声を美しくハモらせた。
「わたくし達の父親は、何本もの映画やテレビドラマに出演した俳優、新浜 瑛滋ですわ」
「お母さまは、歌手としてデビューし女優に転身された、柿沼 恵理なのですよ」
「新浜 瑛滋って、昔はよく刑事ドラマに出てた、渋いわき役の人っすよね?」
「柿沼 恵理は、一時期かなり売れたアイドル歌手だな」
そう言えば、結婚して引退したとも言ってたな。
ボクの情報の出所は、大学からの友人だ。
常にギターを持ち歩いていた友人は、音楽や芸能界に精通していた。
「失礼ですわね。お父さまは、名わき役として名を馳せたんです。主役を活かすも殺すも、名わき役あってのモノなのですよ」
テミルに対し、鋭い視線を向けるアロア。
「そ、そんなつもりは……気を悪くしたんなら、謝るっス」
「フン、まあいいでしょう」
「お父さまとお母さまは、ある時代劇で共演されたんです。それが円で結婚し、お母さまはわたし達を生んで下さりました」
姉や家族にたいする表現も、敬語を使うメロエ。
二人の言葉の端々に、両親に対する尊敬と愛情が現れている。
それと同時に、『幸せな生活』が失われた理由も容易に想像が付いた。
「ど、どうするっスかねぇ。ここがまさか、お二人のお住まいだったなんてっス」
「流石にここを借りるのも、気が引けるしな」
「どうして気が引けるのです、先生!」
「そ、そりゃあ……その」
「確かにここはかつて、わたくし達の家でしたが、今はそうではないのですよ」
「だけど、お前たちの大切な家だったんだろう?」
ボクは、そう思った。
「お前たちは、ここに家族と過ごした思い出があるから、今ここに居るんじゃないのか?」
「だったら、なんだって言うのです。思い出があるからと言って、この家がわたくし達の元に、戻って来るワケでは無いのですよ」
激高したアロアが、感情をぶちまける。
「先生は、この家を借りに来られたんですよね。だったら、ここを借りてはいただけませんか?」
「い、いいのか、メロエ」
「はい。先生が辞退されても、他の誰かがここに住むコトになるでしょう。でしたら……」
グラマラスな双子姉妹の妹は、それだけ言うのがやっとで、ワッと泣き崩れる。
「先生は既に、わたくし達の両親が家を失うコトになった理由に、お気づきなのでしょう?」
気丈に振る舞うアロアは、泣きじゃくる妹を胸に包み込む。
「テレビ業界の衰退……だろう?」
企業が出す広告の多くは、既にストリーミング動画サービスへと移っていた。
「そう……ですわね」
自分を納得させるかのように、唇をかみしめる姉。
「元々浮き沈みの激しい芸能界において、人気を保持するコトはとても厳しいのです」
「お二人も、子役の頃からテレビに出てたっスよね」
そう言えば、ユミアたちが言っていた。
「で、ですが子役など、今や五万といるんです」
顔を両手で覆いながら、メロエが嗚咽交じりに呟く。
「その中で生き残り、次の仕事を得られるのはほんの一握り。ですがわたくし達は、消え去るワケには行かないのです」
アロアの瞳には、決意の高さが滲んでいた。
二人が久慈樹社長に近づき、彼の出した不利な条件の契約に乗ったのも、これで納得が行った。
「この家を、契約して構わないか?」
「ええ……ですが」
アロアが、テミルを見る。
「アナタ、不動産屋だったのですね」
「ウチは、プニプニ不動産っス」
「だったら、ちゃんと事前に、契約条件を提示すべきですわね」
「アハハ……やっぱ、そォっスよね」
「どう言うコトだ、テミル」
「え、え~っとっスすねェ」
「こう言うコトですわ、先生」
アロアはソファーをどかし、カーペットをめくりあげた。
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