女王と妹たち
ヤホーネスの、それなりに豪華な湯舟には、煌びやかな金色の髪が揺蕩(たゆた)っていた。
「じょ、女王陛下」
「本当に、わたくし達も……」
「湯を共にしてよろしいのでしょうか?」
アルーシェ・サルタール、ビルー二ェ・バレフール、レオーチェ・ナウシールの三人の少女が、更衣室へと続く入り口で胸を押さえながら、畏(かしこ)まっている。
「よいと言っているではありませんか。そんなところで裸のまま立っていると、風邪をひきますよ」
レーマリアは、両手で湯をすくい上げながら言った。
小さな湯面に映る少女の顔は、どこか寂し気な憂いを浮かべている。
「で、ですが、女王陛下と臣下が……」
「同じ湯舟に身を浸すなど」
「前代未聞では、ございませんか」
「何を言っているのです。すでに共にしている者たちが……きゃあ」
女王の顔に、湯の飛沫がかかる。
「そうだ、そうだ」
「このお風呂場、広くてきっもちイイぞォ」
「お前らも、早く入って来いよ」
浴場の中をスイスイと泳ぐ、三人の獣人娘たち。
ヤホッカ・ドゥ・エー、ミオッカ・ガァ・オー、イナッカ・ジュ・イーの三名だった。
「女王陛下のご尊顔に、お湯をかけるなど」
「な、なんと恐れ多い」
「貴女たちは今、自分が何をしたのか解っているのですか?」
「まったく……堅苦しい娘たちですね」
女王陛下は、小さくため息を付く。
「ヤホッカ、ミオッカ、イナッカ。あの者たちを、湯舟に引きずり込んでやりなさい」
「おう」「任されたぁ!」「んじゃ、さっそく」
「な、女王陛下ぁ!?」
「一体、何を……ヒャアッ!」
「アナタたち、やめ……ヤァンッ」
三人の獣人娘に背中から抱きつかれ、湯舟にダイブさせられるアルーシェ、ビルー二ェ、レオーチェ。
ド派手な飛沫が上がり、女王はずぶ濡れとなる。
「う、うわあ!?」
「も、申し訳ございません、女王陛下ぁ!」
「ど、どうか、我らの命でお許しを……」
「なにを大袈裟な。貴女たちの家をどうこうしようとなどと、思っておりません」
慌てふためく三人の少女を、豊かな胸に包み込むレーマリア。
「ああ、ズルい!」
「アルーシェたちだけ、抱っこされて」
「アタシたちも、ギュってしてェ」
「おいでなさい、ヤホッカ、ミオッカ、イナッカ」
15歳の女王は、獣人娘たちも胸に抱いた。
「貴女たちがどんな意図を持って、わたしの元へと送り込まれたのかは、解りません」
女王の言葉を聞いた少女たちに、緊張が走る。
「ですが、わたしにとって貴女たちは既に、妹のような存在なのです」
「じょ……女王陛下」
「わ、わたくしは、その……」
「ほ、本当に……よろしいのでしょうか?」
「アタシたち、バカだぞ」
「な、なんか、色々言われて来たケド」
「女王さま優しいし、信じていいのか?」
「ええ、信じて下さい」
レーマリアは、優美に微笑んだ。
「我々三名は、女王陛下に忠誠を誓います」
「ア、アタシらも、じょ、女王へ、へいかに」
「ここでは、お姉さんと呼んで下さいな」
「で、では、お、お姉さま……」
「姉ちゃん、ヨロシクな~」
「ええ、宜しく頼みましたよ、可愛らしい妹たち」
レーマリアは、六人の少女の温もりを感じていた。
それは、これから一国を背負う運命にある彼女にとっては、どうしても欠かせない存在となる。
「お姉さま、ルーシェリア殿がお見えになられました」
更衣室の向こうから、声がした。
「そうですか、ナターリア。直ぐに参りますので、お茶をお出しして待って貰って下さい」
「それは無用じゃ、女王陛下よ」
浴場に、漆黒の髪の少女が入って来る。
「せっかくの湯舟じゃ。妾も浸からせてはくれぬかの?」
すると、三人の少女が湯舟から立ち上がった。
「キ、キサマ!」
「女王陛下の御前であるぞ」
「いきなり、無礼であろう」
「女王陛下に可愛い尻を向けるのは、無礼では無いのかえ?」
「ハッ!」「も、申し訳……」「ゴメンなさいィ!」
女王は再び、湯飛沫を浴びる。
「随分と、賑(にぎ)やかな湯舟じゃのォ。レーマリア女王よ」
かつて、魔王と呼ばれた少女ルーシェリアは、女王の隣に身を浸した。
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