天才とマジシャン
「ヤレヤレ。フットサルの経験者は紅華だけだ。サッカーとのボールの違いに、戸惑っているな」
倉崎さんが、体育館の端でため息を付いていた頃。
ボクはビール腹のオジサンにシュートを決められていた。
オジサン、シュートが上手い。
コースに、確実に流し込んで来る感じだ。
「クッソ、0-2じゃねえか。ボールに乗っかってんじゃねえよ、クロ」
「う、うっせえ。ボールが小さいから、扱い辛いんだよ」
確かにフットサル用のボールって、小さいよな。
黒浪さんみたく高速ドリブルをする選手は、余計に扱いが大変になって来るんじゃないかな。
「1回戦で負けちまったら、あの透かしたマジシャンの物笑いの種だぜ」
紅華さんが、イライラを顔と仕草に出す。
きっと、取り巻きの女の子たちを持って行かれちゃうのが、イヤなんだろう。
「白峰司令。相手はショートパスを繋いで、隙を伺う戦略の様だぞ」
「ああ、フットサルは攻守の切り替えが激しい。中盤でのパス回しですら、バイタルエリアでパス回しされているようなモノだな」
バイタルエリアってのは、得点されやすい危険なエリアのコトだ。
コートの狭いフットサルだと、中盤ですらバイタルエリアなのかも知れない。
「経験者である、オレが何とかするしかねえか。どきな、メタボ親父」
ボールを持った紅華さんが、豊満ボディのオジサンの股を抜く。
「甘いな、カバーに入られているよ」
それを、遠目から眺めていた男が言った。
「柴芭さん。あの紅華ってヤツ、大して上手くないんじゃないっスか?」
三人の坊主頭のウチの一人が、男に質問する。
「そうでも無いさ、ヤツのドリブル技術は本物だよ」
「でも、あっさりとボールを失ってますよ」
「相手が一枚上なんだよ。背・アブラーズなんてふざけた名前を名乗ってはいるが、技術的にも戦術的にも高いレベルのチームさ」
「ええ、そうっスか?」
「メタボなおっちゃんが5人、のらりくらりとボールを回してるだけにしか見えないっスよ」
他の二人の坊主頭も、紫芭 師直に疑問を投げかけた。
「ボールは、汗をかかない」
デッドエンド・ボーイズの戦況を観察する四人に、背後から男が問いかける。
「あ、誰だ、テメーわ」
「体育館でサングラスなんか、しやがって」
「いきなりビックリすっだろうがよォ」
三人の坊主頭が、サングラスの男に悪態を付く。
「止めるんだ、範資、貞範、則祐」
「でも、柴芭さん」
「お前ら、この人が誰か、解らないのか?」
「へ、誰って?」
「誰?」
「有名人か?」
「さあな、有名人かどうかは知らんが……」
男は、サングラスを外した。
「く、倉崎 世叛!?」
「あ、あの、名古屋リヴァイアサンズ所属の……」
「今年のZeリーグ新人王、確定とまで言われる!?」
「フッ、サッカー好きが集まる場所じゃ、コイツは外せないな」
男は、再びサングラスをかけ直す。
「お目にかかれて光栄……とでも、言えばいいのですか?」
「いや、それよりウチのチームはどう思う、紫芭 師直」
「はえ、ウチのチームって?」
「も、もしかして、今試合をしてる」
「デッドエンド・ボーイズってのが……」
「ああ。倉崎 世叛が立ち上げた、プロサッカーチームだ」
マジシャンは、クールな瞳を目の前の男に向けた。
「おや、ウチも多少は知名度が付いて来たか?」
「チームのホームページもあって、選手のスカウト活動も行なっているとの噂も、聞いてましたからね」
「し、柴芭さん、知ってたんスか!」
「ああ、もちろんだ」
「それ、先言って下さいよォ」
「マジシャンは例え味方であろうと、簡単にタネをバラさないモノさ」
マジシャン占い師は、カードを切り始める。
「ボクはこの通り、占い師でもあるんでね」
黒いサングラスに、鮮やかに舞い踊るカードたちが映った。
「選手の運命は、彼らが引いたカードによって占っていますよ」
柴芭 師直が、一枚のカードを倉崎に見せる。
「このカードは、戦車(チャリオッツ)のカード」
……と同時に、杜都さんがシュート体制に入った。
前へ | 目次 | 次へ |