セルディオス・高志
筋肉で覆われた杜都さんの左脚が、体育館の床を掴む。
「安全確認よォォし、弾込めよォォし、単発よォォし!」
いつもの意味不明な台詞と共に、右脚が撃鉄のように振り下ろされた。
杜都さんの、弾丸ロングシュートだ。
コースは開いてるし、これなら……。
「きゃあああああーーーッ!!?」
「うわあああああーーーッ!!」
「いぃやああぁぁーーーッ!」
放たれたシュートは、体育館の二階通路で観戦していた、八人の女子高生の鼻先をかすめる。
背後の巨大な窓ガラスまで突き破って、ボールは何処かへ跳んで行った。
「弾着、確認……出来ず」
「あ、でもパンツは確認できたかも」
杜都さんの台詞に被せるように、黒浪さんが呟く。
「ちょっと、どこにシュート撃ってんのよ!」
「殺す気ィ!」
「顔に当たったら、お嫁に行けなくなってたじゃない!」
紅華さんの連れて来たコたちが、怒ってる。
当然か。
奈央の顔にも当たらなくて、良かった。
「す、すまない。オ、オレは、一般市民の女子を、危険に晒してしまった……」
杜都さん、メチャクチャ落ち込んでるなぁ。
プレイに、影響出なきゃいいケド。
「オイ、クロ。集中しろよ。フットサルは、アウトオブ・プレイはキックインでの再開なんだ」
「え、マジかよ。サッカーとルール、違い過ぎだろ」
「ゴール前に、隙が出来ているな。ホレ」
メタボな腹をタップンタップンさせながら、オジサンがボールを蹴り入れた。
「なに簡単に、入れさせてんだよ。試合前に説明さただろうが」
「う、うっせえ、ピンク頭。オレさまが直ぐに、奪い返してやるぜ」
けれども黒浪さんの猛追の前に、ボールはサイドにパスされる。
「杜都、ボールに行ってくれ。オレは……!?」
雪峰さんが指示を出すが、杜都さんがあっさりと抜かれた。
「どうやらボクのカード占いが、当たってしまったようですね」
体育館の片隅で、柴芭さんが倉崎さんに向かって呟く。
「行かんな。サッカーとの違いに戸惑う以前に、チームとして何一つ纏まっていない」
倉崎さんの見つめる前で、再びボールがゴール前のフォワードに渡った。
「と、止めなくちゃ……これを決められたら、4点差」
ボクは、オジサンが身体を傾けシュート体制に入ったので、必死に左側に跳んだ。
「一馬、それはキックフェイントだ……」
背後から、倉崎さんの声が聞こえる。
ボールは、あざ笑うかのようにボクの足元を抜け、右側のネットを揺らした。
「どうやら彼は、キーパーとしては素人のようですね?」
「ああ。残念ながらウチには、1番を背負えるプレーヤーは居ないんでな」
「スーパースターのチームも、まだ発展途上と言ったところですか」
「でも、今のってフェイントだったんスか、柴芭さん?」
「オレたちには、全然解らなかったっス」
「あのメタボ親父が、そんな器用とも思えないっス」
坊主頭の穴山三兄弟が、口をそろえる。
「発展途上なのは、ウチも同じか」
占いマジシャンは、カードを左右の腕の間で遊ばせながらため息を付いた。
「シュートを決めたFWのおっさんは、名前をセルディオス・高志と言ってな。プロサッカーリーグができる前のリーグで名を馳せた、日系3世の右利きのプレーヤーだ」
「そう言えばさっきから、やたら上手いとは思ってたんだ」
「今ので、ハットトリックみてーだしな」
「彼はシュート体制に入ったとき、あえて身体を開いて見せた」
「そ、それがフェイントっスか、柴芭さん?」
「ああ。右利きの彼が、身体を後ろに倒してシュート体制に入れば、パー(遠い)サイドを狙っていると思うだろう」
「た、確かに」
「そう思わせておいて、無理やり身体を捻ってニア(近いサイド)にゴールを決めたのさ」
「あの腹で、それをやってのけたってのかよ」
「ある意味、そっちのがスゲー」
穴山三兄弟は、揺れるビール腹を眺めながら感嘆した。
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