疑惑の芽
「時の魔女とは……一体、何者なんだ?」
ボクはフォログラムに、何の捻りも無いストレートな質問をする。
『時の魔女と言う固有名詞以外に、その本当の名前も、顔や姿かたちも、年齢や性別さえも一切の情報はございません』
ヴェルダンディは、キッパリと言い切った。
「当然、今何処にいて、何を企んでやがるのかも、知らねえってんだな?」
『はい』
ヴェルのプリズナーに対する対応は、冷淡で簡素だ。
「もしかして、生きているかどうかも解らないってコトですか?」
『そうなりますね、セノン。さらに言えば、人間かどうかすらも解かっていないのです』
「人間かどうか……つまりアーキテクターや、何らかの人工知能である可能性も考えられると?」
長い真珠色の髪に、ドリル状のピンク色のクワトロテールをした少女が、可能性の一端を示す。
「可能性であれば、幾らでも考えられるぜ、クーリア」
「貴方に軽々しく、名を呼ばれる筋合いはございません」
機嫌を損ねる、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダ。
「ケケ……宇宙斗艦長サマなら、愛称で呼ばれるのも構わないらしいぜ」
プリズナーが、ボクの肩に腕を絡ませながら、ニヤけた。
「ぶ、無礼な。下衆な勘繰(かんぐり)と言うモノです!」
「うわぁ、クヴァヴァさまが珍しく怒った」
「セノンさん、貴女までェ!」
「クーリアもこの艦の閉ざされた空間の中で、みんなと過ごすコトで少し硬さが取れたよな」
「言われてみれば、艦長の言う通りカモな。昔より、話し易くなったし」
「それは言える……」
「ねえ、わたしたちもクーリアって呼んでいい?」
真央、ヴァルナ、ハウメアのオペレーター3人娘は、クーリアを囲んで集まる。
「べ、別に構いませんが……」
「ええッ、『クヴァヴァさま』のが可愛いよォ!」
「クーリアで、お願いします!」
セノンの案はあっさりと却下されたものの、彼女がクーリアと呼ぶことは無かった。
「今では、ボクもみんなも慣れ親しんでしまっているケド、元々この艦は『時の魔女』が用意したモノだったんっだよな」
「今のところは艦長に従順だし、他のみんなの言うコトも聞いてくれてれるケド……」
「何時、トロヤ群のアーキテクターたちみたいに……」
「反乱を起こされても、おかしく無いってワケか」
「もしそうなっちゃったら、人間に対処する方法ってあるのかな?」
セノンの言葉に、その場にいた全員の背筋が凍り付く。
「ま、用心だけは怠らないこった。あとは……」
「祈るくらいしか、出来ない……か?」
「そう言うこった」
答えの出ないまま、ボクたちは会談の連絡を待った。
2時間ほど経過したあと、衛星ハルモニアの方角から1隻の巨大な艦が現れる。
「あの艦は、『セミラミス』です」
艦橋にいたクーリアが、ボクの方を振り向き言った。
「随分と、大きな艦だね。クーリア」
「惑星間を行き来する宇宙クルーズ客船で、全長も24000メートルありますね。この艦と同じ様に内部に街があり、リゾード街が再現されてます」
「時の魔女じゃなくても、今の時代の人類はあれだけの規模の艦を造れるんだな」
『セミラミスは戦闘艦ではありませんので、最大速力などはMVSクロノ・カイロスに大きく劣ります』
「ヴェル……な、なんか向きになってないか?」
『艦長。交渉相手の火星より、連絡が入っております。スクリーンをご覧ください』
「あ、ああ」
ボクは、MVSクロノ・カイロスの艦橋に掲げられた、巨大スクリーンを見上げる。
「お初にお目にかかる。わたしは太陽系の意思決定機関『ディー・コンセンテス』の、アポロだ」
映し出されたのは、古代ギリシャの美術彫刻の様な男だった。
「ボ、ボクはこの艦の艦長を勤めさせてもらっている、群雲 宇宙斗です」
スクリーン越しとは言え、火星の権力者とビジネスライクな会話を交わす。
引き籠っていた頃のボクであれば、逃げ出していただろう。
「ほう。貴艦より提示された情報にも、1000年前よりの冷凍睡眠者(コールドスリーパー)とあったが、思ったよりもお若いですな」
「いささか失礼ではありませんか、アポロ」
ボクの後ろから、クーリアの声がした。
「これは失敬。カルデシア財団の、正当なる後継者も乗艦しておいででしたな」
「白々しい物言いですね」
「まあまあ、クーリア。それより、会談の日時は決まったのですか?」
「……時間は、そちらで指定していただいて構わないが、場所はセミラミス艦内でいかがか」
「交渉場所は、ハルモニアでは無かったのですか!」
「素性の知れない人間を、ハルモニアに近づけさせるワケには行かないのでね」
「何と言う、無礼な……」
「それは、貴女も含めてですよ。クーリア」
スクリーンに映る男は、無機質な目でこちらを見降していた。
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