別れのひと時
「まったく。相変わらずドジだな、セノンは」
「パンツ見え見え……」
「よく何もないところで、転べるよね。お婆ちゃんみたい」
アクロポリスのカプリコーン街にある、アルゲディ広場。
ボクたちを待っていた、真央、ヴァルナ、ハウメアのオペレーター3人娘が言った。
「チョットつまづいただけだよ、モウ!」
ボクの手を握って立ち上がった女の子は、プンプン怒っている。
「まあ、そう怒るなって。これでやっと、ハルモニア女学院に戻れるんだ」
「みんなに会える。愉しみ……」
「でもさ。普通ならアクロポリス宇宙港から、シャトルが出てるハズだケド……」
「今は宇宙港が、全面封鎖されているものね」
ボクたちに護衛として同行していた、トゥランが言った。
「でも、心配はいらないわ。アフォロ・ヴェーナーで、貴女たちを送り届ける許可が出ているから」
粋なアーキテクターの言葉に、ハルモニアの生徒たちは輪になって喜んでいる。
「これで、セノンや真央たちとはお別れだな」
ボクは、少し寂しい気分になっていた。
「そ、そうですね。でも、また会えるですよ」
「イヤ、会わない方がいいだろう。MVSクロノ・カイロスでの環境は、キミたちにとって特異過ぎるモノだったハズだ。セノンたちは、普通の学園生活に……」
「ヤダッ!!」
「セ、セノン!?」
「おじいちゃんと、もう2度と会えないなんてイヤだよ!」
柔らかそうな頬に、大粒の涙の雫が伝う。
「ボクだって寂しいよ。未来に来て初めて会ったのが、キミだったしね」
「おじいちゃんは……どうするですか?」
栗毛のクワトロテール少女の潤んだ瞳に、ボクが映っていた。
「そうだな。まずは新たな火星艦隊が編成されるまで、この惑星を防衛しなくちゃならない。それに、クーリアの名前を冠した艦の、落成式にも呼ばれてるしね」
「クヴァヴァさまの……名前の艦ですか」
「『クーヴァルヴァリア』だ、セノン」
相変わらず、おかしなあだ名を呼ぶセノン。
「わたし、もっとおじいちゃんと一緒に居たいです」
「だ、だけどあんなにハルモニアに、帰りたがっていたじゃないか?」
「だって……おじいちゃんと別れるだなんて……考えてなくて……」
ボクの胸に顔を埋め、泣きじゃくる少女。
ボクはそっと、栗色の頭を撫でながら言った。
「ゴメン、悪かった。セノンの気持ちを、考えていなかったかも知れない」
広場には、樹が植えられ黄色い落ち葉を散らしている。
火星も地球と同様に地軸に傾きがあり、季節が存在していた。
「そうだぜ。ハルモニアに帰れると解れば、なにもそんなに慌てるコトも無いしな」
「そう。今は街を愉しむとき……」
「せっかく街に来たんだし、買い物とか食べ歩きとかして行こ」
3人のオペレーター娘が、提案する。
「わたし達も、クーリア様の艦長就任式を終えるまでは、帰らないつもりです」
「護衛の任務は、艦長に就任されるまで続きますからね」
「それまでクーリアさまのお世話をする係が、必要なんです」
シルヴィア、カミラ、フレイアの3人が言った。
他の8人の取り巻き娘たちと合わさって、11人の護衛体制でクーリアを囲む。
「そうだったな。ボクは少し、先走り過ぎていたようだ」
「ま、こう見えて艦長は、以外に自分の思惑通りに突っ走るタイプだからな」
「ええ、そうかなプリズナー。自分では、そんなつもり無いケド」
「おじいちゃん、今はみんなで一緒にいよ」
「そ、そうだな、セノン」
微笑む少女の目は、まだ赤くなっていた。
「わたくしももう少しだけ、自由を愉しみたいです」
クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダが、ピンク色の4つの髪を火星の秋風に靡かせながらボクを見つめている。
「ああ。ボクももう少しだけ、キミたちと同じ時間を過ごしたいよ……」
それからボクは、大勢の女のコたちとカプリコーン区画の街に繰り出した。
「見て下さい、おじいちゃん。火星風アラビアータピザがありますよ」
「なんだか、広島風お好み焼きみたいなピザだな」
「お。この服派手で、可愛い感じだぜ。気に入った」
「わたしは、こっちの白のワンピース……」
「このムームードレス、貰って行こ」
火星の街でショッピングやグルメを愉しむ、少女たち。
金の存在しなくなった時代では、全てが無料で提供されていた。
「こんな穏やかな時間が、永遠に続けば良いのに……」
ボクは、そんな想いを浮かべる。
けれどもそれを打ち砕く何かが、ひっそりと動き出そうとしていた。
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