別れの宇宙港
火星のテーマパークでの、夢のようなひと時は終わりを告げる。
ホテルに戻ったボクは、みんなとの豪華なディナーの後にシャワーを浴びて眠った。
翌日に目を覚ますと、窓から朝の光がベッドの上に差し込んでいる。
「おじいちゃん、おはようございます」
可愛らしい笑顔が、ボクに向けられた。
それは1000年の眠りから覚めて、最初に見た笑顔でもあった。
「おはよう、セノン。昨日はよく眠れたかい?」
「まあ、それなりですね。おじいちゃんは、ずいぶんグッスリと眠ってましたケド」
「昨日は一日中遊園地で遊んで、疲れたからな」
「クヴァヴァさまとは……観覧車で、なにを話したんですか?」
「ふえ!?」
突然の質問に、声が裏返ってしまう。
「べ、別に、大したコトじゃないよ……」
観覧車でのクーリアとのキスを思い出し、思わず顔を背けた。
「そう……ですか」
セノンは、寂しそうに微笑むと、真央たちの方へと駆けて行った。
「今日は、ハルモニア女学院のコたちと、別れる日なんだな……」
思えば、MVSクロノ・カイロスの艦長に就任して最初に決めた任務が、彼女たちをハルモニアに還すコトだった。
ボクたちは、ホテルをチェックアウトする。
それからみんなで、アクロポリス空港に向かうバスに乗り込んだ。
「ここが、アクロポリス宇宙港の内部か。どことなく、地球の空港にも似てるな」
宇宙港には、カウンターやチェックゲート、行き先案内版があって、大きな窓からは民間のモノであろう宇宙船がたくさん見える。
「でも、地球の空港とは違ってるトコも、あるハズだぜ」
真央に言われて、行き先案内板を見上げる。
「ガニメデ、イオ、タイタン、エンケラドゥス、ヴェスタ、セレス、アガメムノン……どれも、宇宙図鑑で見た名前ばかりだ」
「それだけじゃない、距離も変わる……」
「太陽系の天体は、太陽の周りを周ってるからね。遠くもなれば、近くもなるよ」
ヴァルナとハウメアも、ボクの背中から指摘した。
「言われてみれば、そうだな。地球と火星が接近するときもあれば、太陽を挟んで反対の位置にある場合もある。公転スピードや公転軌道も違うから、目的地までの距離や時間が、大幅に変わってしまうのか」
「ま、そう言うこったな。オレも最初は、驚いたぜ」
「ところで艦長。ハルモニア行きのシャトルは、もう来てるわよ」
プリズナーとトゥランも、宇宙港に姿を見せていた。
「ああ、わかってる」
ボクの瞳は、自然に栗色の髪の少女を映す。
「これで……お別れですね、おじいちゃん」
セノンは、目から涙を溢れさせていた。
「だけど宇宙斗艦長。これからクロノ・カイロスに帰って、なにかやるって目的もないんだろ?」
「真央……そうだな。火星の宇宙艦隊が再編されるまでの間は、領域の警備には当たるコトになるが、その先は考えていない」
「だったら、問題ない……」
「艦長は別に、ディー・コンセンサスと敵対してるワケじゃない。むしろ、人類の味方だからね。交渉次第では、何とかなるんじゃない?」
「そ、そうですよ。ヴァルナ、ハウメア、良いコト言うです」
急に元気になる、セノン。
「ハルモニアに遊びに来て下さい、おじいちゃん。絶対に約束ですよ!」
「ああ、そうだな……そうするよ」
栗色のクワトロテールが舞い、ボクの胸へと飛び込んで来るセノン。
ボクは彼女を、優しく抱きとめた。
それから、セノンや真央らハルモニアの少女たちは、シャトルへと乗り込む。
他の場所で、クーリアとの別れを済ませお付きの少女たちも、シャトルの窓から手を振っている。
やがてシャトルは、滑走路から飛び立って行った。
セノン……いつかキミに、逢いに行くよ。
ボクは、心の中で決心する。
「あのコたち……行ってしまいましたね」
ボクの隣にいつの間にか、クーリアが立っていた。
今日の彼女は、純白の軍服にピンク色のスカートを纏っている。
「そうだね。キミもこの後、あの艦の艦長に就任するんだな」
宇宙港には既に、真っ白な船体の優美な艦が係留されてあった。
「ええ、艦長。わたくしはいずれ、カルデシア財団の後継者となる定めにありました。それが少しばかり、早まったに過ぎません」
「でもこれで、お互いに『艦長』って立場だな」
「え……ええ、そうですわね」
クーリアは、緊張の糸がほぐれたかのように笑い出す。
「行こうか、クーリア艦長」
「はい、宇宙斗艦長」
ボクたちは、新造艦の観艦式へと向かった。
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