ラノベブログDA王

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一千年間引き篭もり男・第06章・02話

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伝播する神々

「アレスって、ギリシャの神さまじゃないんですか?」
 前の席に座った、女の子が言った。

「アナトリア半島で、スキタイなどの騎馬民族に崇拝された軍神アレス。それが戦争や交易なんかを経て、ギリシャ都市国家(ポリス)群へと伝えられたんだと思うよ」

「ふえ~、そうなんですかぁ?」
 彼女は白い制服にピンク色のリボンを結び、紫陽花色の艶やかなチェックのスカートを穿いている。

「他にもシュメールの地母神イナンナは、バビロニアではイシュタルとなり、アスタルトやタニトなど様々に名を換えながら伝わり、ギリシャでは美の女神アフロディーテと呼ばれたんだ」

「でも、どうして同じ神さまだって、解るですか?」
「彼女たちは共通して金星の女神であり、性愛の女神でもあるからね」
「せ、性愛の女神!?」

「ヘシオドスは、神々の娼婦と呼ばれたこの東方由来の大地母神を嫌って、自らの著書である神統記では、天空神ウラヌスの切り落とされた男根から沸き立つ泡から生まれた……なんて、最大級の侮蔑を持って表現したワケだケド……」

「ど、どうしました、舞人くん?」
「やっぱこんな話、退屈かな?」

「バッカじゃない。女の子にそんな話して、ど~すんだよ!」
 ボクは教科書の束で、いきなり頭を殴られる。

「痛ってェ、そんなにおかしい話かな、真央?」
「当たり前だろ。娼婦とか、だだ、だんこ……うわあ、言わせんな!」
 今度は拳で、派手に殴られた。

「ボクはただ、神話の話をしていただけで、別にヘンな意味はないよ」
「度し難い……」
「居るよねぇ。自分の趣味を、相手に押し付ける男ってさ」

「グハッ!」
 ヴァルナとハウメアの呆れ顔に、ボクの心は酷く傷つく。

「大体知識なんてさあ。コミュニケーションリングから、幾らでもアクセスできるんだぜ」
「知識を語るなんて、無意味……」
「セノンだって、聞いていて疲れるでしょ?」

「そ、そんなコト無いよ。舞人くんの口から直接聞くのって、やっぱコミュニケーションリングで簡単にアクセスできる知識とは違う気がするし」
 少し俯き、照れ笑いを浮かべるセノン。

「ヒューヒュー、やっぱ恋する乙女は違うねェ」
「もう、マケマケ!」
「イテテ、わかった。わ~かったから」

 教室の中を、セノンに追いかけ回される真央。
そう、ここはMVSクロノ・カイロスの街に再現された、1000年前のボクが通っていた学校だ。

「それよりもっと、華のある話をする……」
「女の子相手だったら、アクセサリーとか星占いとかさ」
「でも、星占いの元になる星座も、元はメソポタミアが発祥なんだよ」

「え、ギリシャじゃ無いの……どれどれ?」
「ヤギ座の由来は、メソポタミアのエンキ・エア神で、射手座は同地域のサソリ人間、パ・ビル・サグやギルタブルルがモチーフなんだ」

「少しいいですか、宇宙斗さん」
「え?」
 振り返ると、そこにはクーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダが立っていた。

「委員長……」
「どうしたんですか、いきなり?」
 ヴァルナとハウメアが、訝し気な顔でクーリアを見る。

「いえ、少し話の内容が気になりましたもので」
「気になった……今の神話の話がですか!?」

「宇宙斗さんはアレスが、アナトリアからギリシャに伝わったと言われましたが、コミュニケーションリングの情報では逆に、ギリシャ側からアナトリアに伝わったとされているのです」
 この街の『設定』でも、やはりお嬢様のクーリアは物言いも凄まじく丁寧だ。

「あ、ホントだ。宇宙斗くん、ウソ教えちゃダメだよ」
「別にウソじゃないよ、セノン」
 セノンも、戻って来ていた。

「確かにヘレニズム以降、ギリシャ神話の多くの神々が逆輸入された。でも、アレスに関しては、アナトリア内に祭壇が多数発見されている。他のギリシャ由来の神の祭壇は、ほぼ発見されていないケドね」

「つまりアレスだけは、元々アナトリアの神であったと?」
「そう考える方が、自然じゃないかな。それにギリシャの神々の多くは、アフリカや東方由来だしね」
「そ、そうなんですか、宇宙斗くん?」

「例えばエジプトの多産の女神ヘケットが、ギリシャではへカーテとなって後の世に悪魔とされた。ゼウスなんかも、同じ木星神であるマルドゥク辺りと同じ神格じゃないかな」

「ヘケットは恐らくそうでしょうが、ゼウスとマルドゥクについてはいささか強引ではありませんか?」
「ま、まあそうかな。1000年前のボクの時代からでも、遥か昔の出来事なワケだし」

「1000年前……?」
「宇宙斗くん、なに言ってんの」
「イヤ、なんでもない。今は失われてしまった情報も、あるかもって話だよ」

 ボクが1000年前の人間だと言うコトは、今のヴァルナやハウメアの頭からは消え失せていた。

「アレスについては……どう思われますか?」
 クーリアが言った。

「そうだな。それはこれから、はっきりするんじゃないかな」
 ボクは学校をでた。
そして、MVSクロノ・カイロスのブリッジに上がる。

「オウ、艦長。遅かったな」
「すまない、プリズナー。それより交渉相手は、何と言ってきてる?」
 ボクは艦橋の眼下に広がる、赤い惑星を見た。

 ギリシャではアレスと呼ばれる、ローマ神話の軍神マーズ(マルス)の名を持つ星だった。

 

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