夏祭り
時澤 黒乃と言う少女に導かれ、1000年の間引き籠ったボク。
1000年後の世界で目覚めたボクは、フォボスのプラント事故でセノンやプリズナーたちと出会い、ウィッチレイダーたちに拉致され、この艦の艦長となった。
「どしたの、パパ?」
「ボーっとしちゃって」
「反乱鎮圧で、お疲れですか?」
可愛い少女たちが、無邪気な顔でボクの顔を覗き込んで来る。
全裸で元気に跳ねまわったり、バシャバシャと飛沫を上げ、泳いでいる娘たちもいた。
「コラァ、ここは銭湯だぞ。他のお客さんの迷惑になるから、騒がない、泳がない」
ボクは、昭和の風情が漂う銭湯の湯舟に、身を浸している。
……とは言ってもここは、MVSクロノ・カイロスの中に再現された街の中だ。
「なに言ってんの、パパ」
「今はウチらの、貸し切りジャン」
「セノンたち、恥ずかしがって入って来ないしさ」
オレンジ、ピンク、チョコレート、ライム、ソーダ色の髪をした女の子たちが、各色12人ずつ。
5ダース合計で60人ものボクの娘たちが、シャンプーしたり、水風呂や電気風呂に浸かったり、サウナから真っ赤になって出て来たりしてる。
「お前たち……いいから少しは、ゆっくりさせろよ」
正直、10歳の女の子の60倍パワーは凄まじく、アーキテクターたちの反乱を鎮圧していた頃の方が、楽にさえ感じられた。
「なんか疲れが取れないどころか、返って疲れた気がする」
銭湯を出たボクは、娘たちを引き連れ夜道を歩く。
左右に過ぎ去る風景も、平屋か2階建ての懐かしい建物だった。
「ねえ見て、パパ。花火が上がってるよ」
「ホントだ。音まで本物みたいだが、恐らく……」
「パ~パァ、そこ空気読む!」
可愛らしいデザインの浴衣を着て、うちわを持って歩く娘たちに叱られた。
夜空には美しすぎる星々が輝き、その前を花火が大輪の華を咲かせている。
「そっか。それでお前たち、浴衣に着替えたのか」
「今日はお祭りなんだよ」
「ホラ、屋台とか出てるし」
娘たちに急かされ、商店街の中に開かれた夜店の前に連れ出された。
「パパ、ミカン飴欲しい!」
「わ、わたし、ワタ飴がいいです」
「アタシ、チョコバナナ!」
「たこ焼きが定番だよ」
「イカ焼きも美味しそう」
「焼きそば、焼きそばァ!」
「お前ら、完全に色気より食い気だな。でも、財布なんて持って……アレ?」
ズボンのポケットに、古びた折り畳み式の財布があった。
「昔、ボクが使っていたのにそっくりだ。ボクの記憶を読んで、ヴェルが創り出したのか」
財布を開くと、1000年前のボクが持つコトは無かった額の、一万円札が入っている。
「仕方ない。それじゃあお金はボクが払うから、好きなの注文しろ」
「は~い」
娘たちは一斉に、あちこちの屋台へと散らばった。
「大変だね、宇宙斗くん」
急に声を掛けられ、慌てて振り向く。
「あ……」
そこには白とピンクの浴衣姿の、セノンが立っていた。
「どうですかね、宇宙斗くん。おかしく無いですか?」
彼女は、前後左右に垂らした栗色のクワトロテールを、指に巻いてクルクルしている。
「え……ああ、とても、似合ってるよ」
「ア、アリガトね。エヘヘ……」
幼い頬を赤らめる、世音・エレノーリア・エストゥード。
同じクワトロテールでも、時澤 黒乃とは雰囲気がかけ離れていたが、ボクは彼女の顔に少しだけ黒乃の面影を見た。
「なにが似合ってるよ……だよ。まったく」
「セノンに見惚れてたクセに」
「ま、今に始まったことじゃ無いケドね」
「うわあ、真央、ヴァルナ、ハウメア!?」
右を向くと、蒼、水色、オレンジの浴衣を着た3人の少女が、ニンマリしながらボクを見ている。
彼女たちの存在に気付かなかったボクは、自分の台詞に顔が真っ赤になった。
「じ、実は4人で一緒に、お祭り来てたんですよ」
「そう言うコトは、先に言ってくれ」
「ゴメンなさいです。ちょっと、悪戯しちゃいました」
この街でのセノンに、MVSクロノ・カイロスで経験した戦闘の記憶や、自分がハルモニア女学院の生徒である記憶は無い。
それは真央たちオペレーター3人娘も、同様だった。
「まるで……ベタ過ぎる恋愛ゲームの世界に、迷い込んだみたいだ」
ボクは、ポツリと呟いた。
夜空を見上げると、既に花火は終わってしまっていて、銀河の星々だけが宝石のように煌めく。
「火星……か」
その中でも赤道色の惑星が、巨大な姿を見せていた。
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