ラノベブログDA王

ブログでラノベを連載するよ。

王道ファンタジーに学園モノ、近未来モノまで、ライトノベルの色んなジャンルを、幅広く連載する予定です

この世界から先生は要らなくなりました。   第05章・第26話

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吹き上がる風

「ユークリッターの大まかな概要は、そんなところだ」
 久慈樹社長は、再びクラシカルな椅子に座った。

「動画、SNS,ネット通販を1つのアプリに集約させてるのに、シンプルにせず逆にビジュアルをゴテゴテさせてる。それが吉と出るか、凶と出るかってところね」
 容赦なくアプリを評価する、ユミア。

「ユークリッターは、これからのユークリッドの全ての事業の中核を成す、キーアプリだ。凶と出て貰っては困るな」
「残念だけど、その決定権はアンタには無いわ。市場が決めるコトよ」

「相変わらず手厳しいね。思えば始めて会った時から、キミはそうだった」
「それはどうも。始めて会った時からアンタは、ずっと最低ヤロウだったわ」

 対立する瀬堂 癒魅亜と、久慈樹 瑞葉。
2人は、もう何年も前からの知り合いだ。
ユミアは、久慈樹社長を良く思ってないみたいだケド、2人の間に何があったのだろうか。

「まあそれはさて置き、ユークリッターについてだがね」
 パソコンで、何やら入力を始める久慈樹社長。

「市場に出す前に最終チェックとして、キミの天空教室の生徒たちに、使って貰いたいと思っている」
「それは、動画として撮影されると言うコトでしょうか?」
 ボクは、生徒たちの扱いを懸念する。

「大規模な宣伝も兼ねて、そうするつもりだ。もちろん授業では無いから、撮影に応じるか否かは本人たちの意思を尊重するよ」
 久慈樹社長は最後に、人格者らしい台詞を吐いた。

 天空教室のある円筒形の高層マンションと違って、角張った直線で構成されたユークリッド本社ビルのエレベーターからは、外の景色は見えない。
密閉された空間を、ただ下に落ちて行くゴシックな内装のゴンドラ。

「まったく、何が本人たちの意志を尊重する……よ。みんなを、契約書で縛りつけて置いて!」
「既にアプリの入ったスマホが、みんなの元に届けられてるみたいだし、急がないと」

 エレベーターを降りたボクたちは、1階エントランスを見降ろす吹き抜けに出るが、1階は既にマスコミで溢れていた。

「うわ、マ、マズいわね。あんなところに飛び込んだら、インタビューや質問責めの嵐よ」
「そ、そうだな。とりあえず、地下駐車場まで降りよう」

 ボクたちは再びエレベーターに乗ろうとしたが、既にゴンドラは上に飛び立っていた。

「どうする。もう本社の出勤の時間みたいよ」
 エレベーターホール前は、スーツ姿の営業職や、ラフな格好のいかにもなITベンチャー社員でごった返している。

「仕方ない、階段で下に降りよう」
 ボクたちは、非常階段へと駆け込んだ。

「きゃあああッ!?」
 すると急に後ろから、少女の悲鳴が聞こえた。

「ど、どうした、大丈夫か?」
 振り向くと、ユミアの短い紫色のスカートが、地下駐車場の冷たい空気との温度差で生じた風で、舞い上がっている。

「こ、これは……ッ!!?」
 眼に飛び込む、可愛らしい桜色をした布切れ。

「チョット、ど、どこ見てんのよ!」
 ユミアの右手の小さな手形が、ボクの頬に赤く刻まれた。

「あ……?」
 けれども、右手をおもいきり振り切った栗毛の少女は、バランスを崩し階段から脚を滑らす。

「きゃああああッ!?」
「危ない!」
 ボクは必死に、彼女を抱き留めた。

 勢い余って、階段の踊り場付近まで落ちてしまう。
たが、ボクの身体がクッションとなって、何とか彼女と床との接触は避けられた。

「だ、大丈夫か、ユミア?」
「わ、わたしは……先生こそ、大丈夫なの?」
 吊り目がちの大きな瞳が、心配そうにボクを見ている。

「ああ……なんとか……っつ!」
 強がってはみたものの、腰に激痛が走る。

「全然、大丈夫じゃないじゃない。ゴ、ゴメンなさい、わたしのせいだわ……」
「イヤ、こんなのしばらくすれば、引く痛みだから」
 ボクは痛みを堪えて立ち上がる。

「ムリしないで。動かない方がいいわよ」
「ここじゃ、誰か降りて来るかも知れない。地下駐車場ならベンチくらい置いてあるだろう」

「そ、そうね。肩を貸す……痛ッ!」
「ど、どうした、ユミア!」

「ゴメン……右脚を挫いちゃったみたい」
 白っぽい大理石の床に、ペタンと座り込む少女。

「先生、先に行っててくれる。わたしは、手すりに掴まって降りるから」
「こんなところに、可愛い生徒を置いて行けないだろう」
 ボクは腰の具合を確かめると、栗毛の女の子を両腕で抱えた。

「ふわああッ!!?」
「ゴメン、痛かったか?」
 抱え上げた女の子は、顔が真っ赤に染まっている。

「そ、そうじゃなくて、先生も腰を痛めてるのよ。大丈夫なの!」
「ああ。思ったより直ぐに、痛みは引いたよ」
 実は多少は治まったが、まだまだ痛かった。

「じ、自分で歩けるから、降ろしてくれる?」
「イヤ、捻挫してるかも知れない。無理に歩かず、医者に見せた方がいいな」
 ユミアを抱えながら、ゆっくりと慎重に階段を降りる。

「うう……」
 彼女はボクの腕の中で、小動物のように丸まっていた。

 

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