オリュンポス会議
「火星のヤツら、対応を検討するって言って来やがったぜ」
「対応を……検討?」
ボクはプリズナーの言葉に、首を傾げる。
「お偉いさんの意見が纏まらねェから、時間が欲しいんだろ」
「オリュンポス会議を開くって、言っていたわ。これは、相当時間がかかりそうね」
プリズナーの相棒のアーキテクターである、トゥランが答えた。
「オリュンポス会議?」
「艦長はご存じ無いでしょうケド、火星のオリュンポス山にある施設に、太陽系の各惑星圏の代表が集まって、会議が行われるのよ」
「オリュンポス山って、太陽系の惑星で最大の山だったよな?」
「ええ、そうね。金星圏、地球圏、月圏、火星圏、木星圏、土星圏、天王星圏、海王星圏の代表らが、火星のオリュンポス山の麓(ふもと)に常駐しているのよ」
「火星に常駐って……光通信とかで、会議が行われるとかじゃ無いのか?」
「どんだけ時間かかんだよ、無理に決まってんだろうが!」
「ええッ!?」
『艦長。地球の尺度(スケール)では、光は一瞬で無限の距離を進む様に錯覚しますが、宇宙の尺度ではそうでは無いのです』
「例えば地球から太陽までで、光速で約8分かかるな」
「木星まで30分以上……」
「土星だと、80分もかかっちゃうからねえ」
学校の制服から、オペレーターの服に着替えた真央、ヴァルナ、ハウメアが言った。
「た、確かにそれじゃ、会話が成立しないよな。ん……待てよ?」
ボクは、あるコトを思い出す。
「確か木星のトロヤ群で、宇宙規模の距離が離れているギリシャ群の、アキレウス代表と話したような……」
「アレはですね、おじいちゃん。実際に通信で会話してたワケじゃ無いんですよ」
「アキレウス代表の意思を、プログラムデータとして送って来ていたんだ」
「だから、会話が成立する」
「でも、決定権もあやふやだし、緊急の時にしか使われないケドね」
「そうかぁ。地球の常識と宇宙の常識は、かけ離れてるってコトだな」
ボクは艦長の椅子に深く座り、ため息を吐いた。
「だが考え様によっては、向こうが時間をかけてくれて良かったのかもな」
「確かにそうね。艦長はまだ、今の世界のコトを知らな過ぎるわ」
「トゥランの意見に、同意するよ」
ボクは立ちあがって、艦橋の宙に浮かぶヴェルダンディに話しかける。
「コミュニケーションリングの無いボクは、知識を耳で聞いて脳に叩き込まなきゃならない。今の火星の情勢を、教えてくれ』
『火星は現在、企業国家のマルステクター社が実質的な統治・支配を行っております』
MVSクロノ・カイロスの優秀なフォログラムが、流暢な説明を開始した。
『同社は、火星のテラ・フォーミング時に、宇宙船や宇宙服の開発、火星圏の資源採掘などによって成長を果たした、総合軍事産業国家です』
「そう言えば、前にも言っていたね。確か、艦隊も保有しているんだったな?」
『マルステクター社単体で6個艦隊、火星圏にある関連企業国家の全てを合わせると、12個艦隊が存在すると言われております』
「前にこの艦は、12個艦隊と同等の戦力とか言ってやがったな?」
『おおよその指標を、示したまでです。人類や人類が生み出したアーキテクターは、日々新たなる兵器を生み出し続けています』
「つまり、兵器の性能も軍事バランスも、普遍では無いってコトか」
軍事力の天秤がどちらに傾くかで、多くの血を流して来た人類。
「イーピゲネイアのサブスタンサー1機で、こちらはかなりの損害を被ったわ」
「ケッ、当てになんねェ指標だぜ」
狩りの女神に機体を破壊された、プリズナーが毒づいた。
『バル・クォーダや、アフォロ・ヴェーナーの性能を考えれば、あり得ないコトです』
「そりゃ、悪かったな」
「わたし達が、上手く扱えなかったコトは事実よ、プリズナー」
『そうではありません。MVSクロノ・カイロスに配備されている機体が、アレ程のダメージを受けるコト自体がおかしいのです』
「それって……どう言うコトだ?」
『狩りの女神の機体は、トロヤ群のアーキテクターたちが生み出した機体では無いと思われます』
運命の女神の名を持つフォログラムは、衝撃の事実を口走った。
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