プロ意識
「まさかマイクロバスを買っていたとは、驚かせてくれるじゃねえか、雪峰」
ボクの後ろの席に座った紅華さんが、ボクの席の背もたれに長い脚を掛けながら言った。
「しかもこれ、120万で買えちゃったんだろ。安すぎじゃね?」
「元は、部活用の送迎バスやろ。中古の相場は知らんが、かなりの年代モンちゃうか?」
うん、ボクもそう思う。
「イヤ。製造は10年前だから、そこそこ新しい。内山さんのご厚意もあるが……」
「あるが……?」
「元のオーナーが、いわゆるイタ車に改造してしまってな」
「イタ車ってぇのは、イタリアの車じゃない方のだよな?」
痛車……アニメやゲームの、可愛い女の子がイッパイ描いてある車だよね。
「元は美少女ゲームのキャラが、ボディ全てに大量にプリントされていたらしい」
「マ、マジかよ。マイクロバスを痛車にするヤツなんて、始めて聞いたぜ」
「中古買取の依頼があって、新潟まで足を運んだらこの車だったそうだ」
「う、内山さん、さぞや唖然としたろうな……」
「プリント引っぺがすだけでも、骨が折れるで」
「査定20万で相手を納得させて、名古屋まで帰って来たとのコトだが、信号で停まる度に他のドライバーからガン見されたらしい」
「あのお爺ちゃんが、マイクロバスの痛車乗ってりゃ……」
「そりゃ、ガン見もされるわな」
並んで座っていた黒浪さんと金刺さんも、顔を見合わせる。
「ところでよ、雪峰。相手はどんなチームなんだ?」
紅華さんが、隣に座った雪峰さんに問いかけた。
「狩里矢を本拠とするチームでな。企業チームから独立して地域リーグ1部で活躍する、プロリーグ入りを目指す名門だ」
「確か全国地域リーグにも、参戦してたチームだよな。いきなりハードル高くないか!?」
「怖気づいたね、紅華?」
「そ、そんなんじゃねェケドよ」
セルディオス監督に指摘され、憮然とする紅華さん。
「お相手さんは1部で、ウチは2部なんやろ?」
「まだ正式に、加盟申請が通ったワケじゃないがな」
「ですが倉崎さん。今年中の公式リーグでの対戦は、無いのは確かですよね」
「でもね、金刺、柴芭。ウチの目標がトップリーグ昇格なら、いずれは倒さなきゃいけない相手ね」
今日のセルディオス監督、やけに積極的だ。
「だけどオレたち、まだ高校1年っスよ」
「相手は何年も、地域リーグで戦っている名門……」
「技術も基礎体力も違うし、勝てる気はしないんですが」
海馬コーチが乗せて来た、紅華さんの元チームメイトからも不安の声が上がる。
「年齢なんてピッチに立てば、なんの言い訳にもならないね」
「まあ、そりゃそうだわな」
「オ、オイ、紅華」
「オレは倉崎さんから、金貰ってサッカーやってる。プロならよ、やっぱ勝たねえとな」
「紅華。ワタシ監督だケド、この根性無したちのプレイ、見たコト無いね」
「こ、根性無しって!?」
「い、いきなり何だよ、失礼な」
「サッカーは11人でやるね。最低でも、3人はスタメン使う必要あるね」
え、えっと、雪峰さん、紅華さん、黒浪さん、杜都さん、柴芭さん、金刺さん、それに海馬さんと……あッ、一応ボクも入ってる!?
「そうっスね。ちなみにポジションは?」
「アナタたち、ナゼかみんな中盤ね。出来るなら、ディフェンスライン3人とかどうね?」
「だったら、龍丸、野洲田はセンターバックとして、かなり良いモン持ってますね」
「あと1人はどうするかね」
「だったら最近、亜紗梨のヤツが伸びてますよ」
運転席の方から、いきなり声がした。
「海馬の言葉、信用していいね?」
「ちょっと、そりゃ無いでしょ、セルディオスさん!?」
確かに酷い。
「オレが居た頃は、亜紗梨ってあんまパッとしない印象だったっスよ。堅実なプレイなら、中盤ではあるケド、汰依、蘇禰、那胡の方が……」
「中盤のプレーヤー、いきなりコンバートして勝てる相手じゃないね」
「亜紗梨も、ポジションはキーパー以外ならどこでもこなせる反面、器用貧乏なイメージがありますよ。それにメンタル面でも、今挙げた三人の方が上って言うか」
「亜紗梨が一番成長したと思えるのは、そのメンタルなんだよ」
「ええッ、そうなんスか。全然想像付きませんケド」
「まあ、理由は単純なんだがな」
「仕方ないね。ここは、コーチの見る目を信用してやるね」
「オレの扱い、あんまりじゃない!」
運転席から、海馬さんの悲痛な叫びが聞こえる。
「お前ら、いよいよだぞ」
最前列に座っていた倉崎さんが、立ち上がって言った。
マイクロバスの前面ガラスに、こじんまりとしたスタジアムが映し出された。
前へ | 目次 | 次へ |