赤い軽乗用車
「実は今日、練習試合を行うコトになった」
次の日、ボクたちがいつもの河川敷のグランドに集っていると、雪峰さんが言った。
「なんだよ、メチャクチャ唐突だな。でもオレたちは、まだ7人だぜ」
「そのコトなんだがな、紅華。実はある人の紹介で、経験者が何人か加わるコトにもなった」
「誰だよ、ある人って。まさか、セルディオスさんか?」
「違うね、紅華。彼ね」
セルディオスさんは、紅華さんの後ろを指差す。
「うああ、あ、あの人って!?」
「え、江坂選手やないかいッ!」
一足先に気付いていた、黒浪さんと金刺さんが大きな声で叫んだ。
正直ボクの方が、2人より驚いてしまって言葉が出ない。
……ん、いつものコトか?
「どうやら随分と、驚かれちまってるみてえだな、倉崎」
倉崎さんと共に、堤防沿いの土手を降りて来た人が言った。
鍛えられた身体に、不精ヒゲを生やした精悍な顔立ちの江坂さんだった。
「まあ、それはそうでしょうね。コイツらには何も言ってませんから」
サングラスを外し、悪戯っぽく微笑む倉崎さん。
「イ、イヤ、そりゃ驚くでしょうが、倉崎さん。雪峰、お前も知らなかったのかよ?」
「ああ。ついさっき、SNSに連絡があって知った」
「まったく、お前の悪戯好きにも呆れるなぁ」
倉崎さんの方に、肘を乗っけて寄りかかる江坂選手。
「サッカー界に現れた期待の新星がまさか、人知れずこんなチームまで立ち上げていたなんてよォ。始めて聞いたときは、信じられなかったぜ」
「現役のサッカー選手で、サッカーチームのオーナーって、日本でも何人かは居ますよね」
「そりゃあ世界で実績を重ねた、一流選手の話であってだなあ。お前の場合はまだ高校生だろ、聞いたトコねえよ、ンなの」
ですよね~。
倉崎さんには何度、驚かされたコトか。
「だけど昨日、広島で試合に出てた江坂選手が、目の前に居るなんて不思議な感じだな」
「オイオイ。試合に出たのは、倉崎の方だぜ。オレは試合後のセレモニーに出ただけだ」
……そうだった。
江坂選手は、昨日の試合を最後に名古屋リヴァイアサンズを離れ、Zeリーグ2部の長野への移籍が、決まってしまったんだ。
「オ、オレさま、江坂選手のプレイをマネしまくってた。なんで移籍しちゃうんだぁ?」
「お前の、ディフェンスラインの裏に抜け出すスタイルって、江坂選手のマネだったのかよ。そいやあ似てるっちゃあ、似てるな」
「そいつは嬉しいねえ。オレのコトをマネしてくれたとは、プロ冥利に尽きるわ」
ポリポリと頭を掻く、江坂選手。
「ま、これもプロの定めさ。チームの方針に合わなかったり、監督の求めるサッカーと合わなかったり、年齢だったり……移籍の理由は様々だがな」
「江坂選手の場合は、なんなんや。移籍の理由っちゅーんは?」
「おま……そこ聞くか!?」
「全部だ。今言ったコト全てが、オレがチームをクビになった理由だよ」
その言葉には、長年プロとして生きて来た男の想いと、悔しさが詰まっていた。
「キビシイけど、それがプロの世界ね。プロは、悔しい言ってるだけじゃダメよ。次のチームで、自分をクビにしたチーム、見返すくらいに活躍するね」
「セルディオスさん……有難うございます」
江坂選手は、セルディオスさんに深々と頭を下げた。
「な、なあ。セルディオスさんって、なにモンなんや?」
「昼間からビール飲んでる、メタボなおっちゃんね」
「ゲゲッ、まさかファミレスん時のコト、気ィ付いたっとんか?」
「そう言えば、金刺には言ってな無かったな。今はウチの監督をして貰っている」
「か、監督ゥ。デッドエンド・ボーイズのか?」
「後でみっちり鍛えてあげるね。愉しみね」
「うわあ、カンニンやで」
青褪める金刺さんに、笑いが起き場が和む。
「それで倉崎さん。新たなメンバーとい言うのは?」
「ああ、そうだったな。実はこの河川敷で、落ち合う約束なんだが……」
「オ、来たみてーだぜ」
江坂さんが、堤防の方に視線を送る。
そこには一台の赤い軽自動車が、堤防の上の道路をゆっくりと走って来ていた。
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