キャラバンと女傭兵
「師匠、一体どこまで続くんですかね、この砂漠は」
黒い長髪の少年の前には、蜃気楼に揺れる広大な砂丘が広がっていた。
「さあな、ケイダン。このイティ・ゴーダ砂漠は、お前を拾ったキャス・ギアの街付近の砂漠に比べても、かなりデカいからな」
少年の前を歩く、無骨な鎧に年季の入ったマントの男が答える。
「魔王モラクス・ヒムノス・ゲヘナスは、本当にこんな砂漠に居るんですか。元は、ウチの村の近くの地下祭壇で、崇められていた悪魔ですよ」
過去の凄惨な記憶を思い出した少年の表情が、険しく歪んだ。
「お前にとっちゃ、その魔王は友達の仇も同然なんだよな?」
「オレと同じ孤児だった3人が、魔王モラクスの生贄にされたんです」
「そうか……だがまあ、血気にはやるなよ。相手は魔王だ」
ムハー・アブデル・ラディオは、ため息を吐き出す。
「砂漠を行く商隊(キャラバン)が、襲われたって話ですよね?」
「まだ息があった男の話じゃ、牛頭で筋肉ムキムキのやたらと強い魔王だったらしいぜ」
「オレは祭壇で、モラクスの偶像を見ただけですケド、特徴は一致しますね」
「まあ、これだけだだっ広い砂漠だ。見つからずに終わる可能性が高ェな」
「確かに闇雲に探したところで、見つかる気はしませんね……」
ケイダンは、少しだけ思案を廻らせる。
「一度街に戻って、砂漠のキャラバンの護衛をするってのはどうでしょう?」
「そうするか。それなら例え魔王に遭遇しなくとも、護衛の仕事は出来るからな」
「師匠の酒代の、足しくらいにはなりますからね」
ラディオはケイダンの提案を受け、砂漠の入り口の街へと引き返す。
「それじゃオレは、キャラバンに掛け合って来ます。師匠はココで待っていて下さい」
ケイダンはそう言うと、酒場から出て行った。
「まったく、なんでも卒なくこなしやがる。ま、交渉事が苦手なオレとしちゃあ、大助かりだがよ」
そう言って、ジョッキを空にするラディオ。
しばらくすると有能な弟子が、中年の男と鎧を纏った女性たちを引き連れて来た。
「師匠。こちらがキャラバンのオーナーと、護衛隊の方々です」
「おう、そうかい。まあ掛けてくれ」
「始めまして、わたしがオーナーのアルローと申します」
ラディオの前に座る、アルロー。
その背後に、3人の鎧姿の女性が並んだ。
「ご高名な英雄、ムハー・アブデル・ラディオ様と伺っておりますが?」
「そうだぜ。ま、英雄なんて言われたのは、昔の話よ」
「ご謙遜を。『蜃気楼の剣士』の勇名は、この小さな街にも知れ渡っておりますぞ」
「それより、後ろの姉ちゃんたち。こっち来て一緒に飲まねえか?」
ラディオはウェイターを呼び止め、ジョッキを4人分注文する。
「アンタの奢りってコトで、いいのかい、ラディオ?」
「構わないぜ。エイシャ、エルミナ、サラ」
「し、師匠。この方々を、ご存じなのですか?」
「ご存じも何も昔、オレが捕まえた女盗賊の頭たちだぜ」
「そん時は、随分と世話になったねえ」
「なあに、気にすんな。それにしてもまさか、傭兵家業に身を窶(やつ)していたとはな」
「傭兵上がりのアンタに、言われる筋合いじゃ無いね」
「まっ、ただ酒は有難く飲ませてもらうよ」
「コ、コラ、お前たち。失礼じゃないか」
「構わんさ。傭兵に礼儀作法なんざ求めても、無駄だぜ」
「ハ、ハア。ところでこの度は、キャラバンの護衛をしていただけるとのお話を伺いましたが?」
「ああ、なんでもキャラバンが、魔王に壊滅させられたんだってなあ?」
「はい。そのキャラバンと言うのが、わたし共の商隊だったのです。お陰で、大変な損害を被りまして」
「魔王が出るってんだ。キャラバンは当分、止めて置くって考えはねえのか?」
「残念ながら、わたし共は商人でございます。日々の糧を得るのに、キャラバンの利益がどうしても必要なのでございます」
「そう言うこった、ラディオの旦那」
「実は、正規の護衛兵がビビッて辞めちまってよ」
「それでアタイらに、お鉢が回って来たってワケさ」
3人の女傭兵たちは、蜃気楼の剣士に妖艶な身体を、纏わりつかせた。
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