砂に消える街
「一体、アズリーサに……何があった……」
身体の力が抜け落ちつつも、ケイダンは旧友に問いかける。
「ほう。ボクの邪眼の前でも、まだ意識があるとは驚きだよ」
サタナトスは、砂漠の砂に塗れたケイダンのマントをめくる。
「キミもそれなりに、修羅場を潜り抜けて来たんだ」
『金髪の小僧よ。さっさと我が剣を、よこせ』
「それは自分で、手にしてから言うんだね。バクウ・ブラナティスは、もうここには無いよ」
『な、なんだとォ!?』
「倒れる瞬間、時空を裂いてどこかへ送ったらしい。最も、その持ち主は容易に想像が付くケドね」
『なる程、そう言うコトか』
元々、蜃気楼の剣士と一戦交えるつもりだった魔王は、サタナトスの言葉を理解した。
『ムハー・アブデル・ラディオは、逃げはすまいな?』
「彼を人質にしてここで待っていれば、向こうから勝手に剣を持って来てくれるんじゃないかな」
『まあ良いわ。力の魔王にとって戦闘は、最大の余興よ』
魔王モラクス・ヒムノス・ゲヘナスは、完全に気を失ったケイダンを巨大な拳で握ると、死なない程度に岩山の壁に叩きつけた。
砂漠のいびつな地平線が、うっすらと白み始める。
光に照らされ始めた砂丘に、一頭の馬を駆る男のシルエットが浮かぶ。
「ケイダン、待っていろ。師匠よりも先に弟子が死ぬなんて、許さねえからな」
愛弟子を救おうと、必至に砂漠棲の馬を走らせていたラディオ。
その時……彼の前の砂丘に、剣がいきなり突き刺さった。
「こ、これは……バクウ・ブラナティス!?」
愛刀を砂から抜く、ラディオ。
「まったくお前ってヤツは、どこまで真面目なんだよ!」
次の瞬間、男の姿は消え、砂丘には1頭の馬だけが取り残されていた。
巨大なワームや巨大なサソリが無数に生息する、イティ・ゴーダ砂漠。
そんな魔物たちすら逃げ出す戦いが、砂漠の中心で繰り広げられる。
蜃気楼の剣士と、力と恐怖の魔王との戦いは数時間に及び、決着が付く頃には日も高く昇り砂漠は熱波で覆われていた。
『良き戦い、良き好敵手であったわ』
傷塗れの魔王が、砂にひれ伏す1人の男に向かって言った。
かつて『英雄』と呼ばれた男、ムハー・アブデル・ラディオは、ここに斃れる。
『キサマと、キサマの弟子の勇戦は、我が記憶に永遠に残り続けようぞ』
力の魔王は、動かなくなったラディオの傍らから、幻影剣を抜く。
岩山に磔となったケイダンに一瞥(いちべつ)をくれるが、そのまま翼を広げ飛び去って行った。
それ以降、イティ・ゴーダ砂漠は魔王モラクスの支配下となる。
砂漠に生息する魔物たちはより狂暴化し、商隊の往来も不可能となった。
商隊で栄えていた砂漠の入り口の街は、徐々に過疎化が進み荒廃する。
「エイシャ、お前もこの街を離れたらどうかね。わたしも全てを失ってしまった。これから王都で、再起を図ろうと思っているところだ」
かつて商隊のオーナーだった男が、赤毛の女に言った。
「有難い申し出だケド、アタイはこの街に残らせてもらうよ。コイツらも、寂しがるだろうしね」
女は、ありふれた石で造られた2つの墓の前に、オレンジと紫の花を供える。
「気持ちは解らないでもない。だがね、エイシャ。今のキミは、キミ1人の命じゃないのだよ」
「解ってるさ。だけどこのコは、あの太々しい中年オヤジの血を引いてんだ」
女は、大きく膨らんだ腹を、優しく摩りながら言った。
「きっとこの街でも、逞しく育ってくれるさね。それに……」
女は、砂漠の彼方を見る。
「いずれ坊やが、帰って来る気がしてね」
砂漠に灼熱の太陽が昇り、熱砂が吹き荒れた。
その後、イティ・ゴーダ砂漠の支配者となった魔王モラクス・ヒムノス・ゲヘナスは、王都ヤホーネスに向かっていた シャロリューク・シュタインベルグ一行と遭遇し、一戦を交える。
戦いの隙を突かれた赤毛の英雄は、サタナトスによって魔王と化し、ニャ・ヤーゴの街を襲った。
魔王モラクスは、プリムラーナ率いるフラーニア軍によって征伐され、因幡 舞人の剣で8人の少女となるのだが、それはまた別の話とする。
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