復讐と報い
「オイ、アンタ。弟子が大変だってのに、いつまで寝てんだい!」
宿屋に入った赤毛の女が、部屋でシーツを抱きかかえながら床で寝ている中年オヤジを叩き起こす。
「あん……なんだ、エイシャか」
眠気眼を擦りながら、窓の外を確認するラディオ。
「オイオイ、お前の方こそ寝ぼけてんじゃねえのか。まだ真夜中だぜ」
「いいからさっさと鎧着な。砂漠まで行くよ」
「なんだよ、藪から棒に。エルミナとサラも居るのか?」
「アイツらは、一足先にあの世へ逝っちまったよ。魔王に殺られてね」
「どう言うこった、エイシャ」
「済まないねえ。アンタの剣を盗んだ挙げ句が、砂漠で魔王に遭遇しちまったのさ」
「オレのバクウ・ブラナティスが無ェ。ま、まさか魔王に……!?」
「イヤ、アンタの優秀な弟子が、アタイらの悪さに気付いてね。今まさに砂漠で、アンタの剣を使って、魔王と闘ってくれてるハズさ」
「ケイダンが!?」
「アンタ、自分の剣が盗まれたってときより、驚いた顔してるね」
肩を竦める、女傭兵。
「それより外に、アンタの分の馬も用意して置いた。急がないと、坊やが危ないからね」
「エイシャ、お前はこの街に残れ」
「なに言ってんだい。元はと言えば、アタイらが招いた凶事だよ」
「悪ィが幾らオレでも、魔王相手に2人を護って戦うのは、無理だ」
「で、でも!」
「エルミナとサラの墓でも建てながら、大人しく待ってろ」
蜃気楼の剣士は、馬を駆って砂漠へと駆け出す。
もう1頭の馬は、手綱を握って途中まで連れて放した。
「こうでもしねェと、エイシャのヤツが追ってきちまうからな」
ラディオが空を仰ぐと、真夜中の月が黒い雲間に隠れる。
その頃、イティ・ゴーダ砂漠では、力の魔王にして恐怖の魔王・モラクス・ヒムノス・ゲヘナスが咆哮を上げていた。
『小僧にしては中々の腕前よ。だが、それそろ限界の様だな』
「クッ……やはりオレでは……まだ」
砕けた左肩を押え、必至に立ち上がるケイダン。
「せ、せめてこの剣だけでも、師匠にお返しせねば……」
『残念だが、そうはさせぬ。オレの目的は、まさしくその幻影剣なんでなぁ』
立っているのがやっとのケイダンに、余裕の表情でにじり寄る魔王。
「お前は最初から、バクウ・ブラナティスが狙いだったのか!」
魔王はケイダンが、次元の狭間に逃げ込むのを読んでいたし、ケイダンも自分の行動が読まれているコトを知っていた。
『ガハハ、無論よ。砂漠で商隊を襲っていりゃ、そのウチ出てくると思ってな。ラディオの野郎と一戦交えるつもりでいたが、ここまで楽に手に入るとは思ってなかったぜ』
「なにが無論だよ、まったく。それ、全部ボクが考えた策じゃないか」
岩山の上から、少年のような声がした。
「な、誰だ!?」
ケイダンが見上げると、それは翼を広げゆっくりと砂の上に降り立つ。
「寂しいコトを言うなよ、ケイダン。ボクの顔を、忘れてしまったのかい?」
雲間から再び月が顔を出し、差し込んだ光が岩影の少年を照らす。
「お、お前は……サタナトス!?」
貧しい渓谷の村の教会で、孤児として共に育った少年の姿がそこにあった。
「ヤレヤレ、やっと思い出してくれたか」
『オイ、小僧。この小僧は小僧の知り合いなのか?』
「力の魔王らしい、脳筋な質問だねェ。ああ、そうだよ」
呆れ顔で答える、金髪の少年。
「サ、サタナトス、お前はこの魔王が、どんな存在か知っているのか!」
「もちろんだとも。ボクたちの故郷で崇拝されていた、古い時代の神さ」
「神だって。コイツじは神なんかじゃない。コイツは……」
「生贄にされた、マルクたちの仇だとでも言いたいのかい?」
「それを知って……お前!」
ケイダンは砕けた肩の痛みなど、既に忘れていた。
「生贄を要求しようが、神は神だよ。ある宗教から邪神や悪魔のレッテルを貼られても、元は人間からの崇拝を受けていたんだからね」
『あの辺りは、貧しい土地故な。だが生贄など捧げられたのは、100年ぶりのコトよ』
「そんなコトは、どうだっていい。マルクたちがキサマの生贄となり、生きながらにして業火に焼かれる姿を、オレはこの眼でみた!」
「それは、人間が行なった所業じゃないか。憎むべきはむしろ、人間の方だろう?」
「お前が……村長たちを殺したのか?」
「当然の報いだよ、ケイダン」
「な、なに!?」
「人間たちが、アズリーサにした仕打ちの……ね」
金髪の少年の瞳が、怪しくピンク色に輝く。
「グッ……うう……」
ケイダンは、砂の上に崩れ落ちた。
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