幻のオアシス
「この娘の、処遇なんですがね……」
不器用な口を開く、ムハー・アブデル・ラディオ。
「当然、死刑だろう。子供と言えど、多くの人命を奪った罪に変わりは無い」
得体の知れない脅威のを排除を、領主は言い渡す。
「大人たちは……いつもそうだ……」
剣持ちの少年が、ポツリと呟いた。
「ま、まあそうなんだがな、領主さんよ。ここはオレの顔に免じて……」
「残念だがそれは出来ん。その娘の兄も、2人の客人の命を奪っている。これ以上放置していたら、何人の命が消え去るか知れたモノではないわ」
ラディオはその後も反論を試みたものの、元から弁の立つ男で無かった彼は、最終的にアズリーサを領主に引き渡して館を出る。
「すまねえな、ケイダン。お前の幼馴染みの子を……」
「いえ、マスター。オレだって、アズリーサに何もしてやれません。何の力も無いんです。あの時だって、誰も……助けられなかった」
「お前、力が欲しいか?」
「はい……」
「だがな。力ってのは、あったらあったで、扱いに困るモノなんだ」
師匠の言葉の意味が解らず、預かった剣に眼をやるケイダン。
「大きな力は、一歩間違えれば取返しの付かない事態を招いちまう。あの嬢ちゃんだって、身の丈に合わない力を生まれ持ったが為に、不幸に巻き込まれる羽目になったんだ」
「それでもオレ……力が欲しいです。全ての運命をただ受け入れるだけなんて、もう……」
「ならよ。オレがお前に、力の使い方を教えてやる」
「し、師匠!?」
「ただし、ゆっくりと少しずつな……」
蜃気楼の剣士は、弟子を1人引きつれ放浪の旅に出る。
この時点で彼とその弟子が、サタナトスと運命を交わらせるコトは無かった。
「ア、アズリーサが……さらわれただって!」
その頃、オアシスに戻っていた金髪の少年は、幼くなって数も増えた幼馴染みの少女たちから、報告を受ける。
「そ、そうなんだよ。アズリーサ、危ないから隠れていてって言ったの」
「だからわたし達、泉に潜って隠れたんだ」
サタナトスが辺りを見渡すと、多くの兵や知った顔の村人まで倒れていた。
「でもアズリーサ、長いコト潜れないでしょ」
「地上の木陰に隠れたんだケド、見つかっちゃったんじゃないかなぁ」
13人の少女の不安そうな瞳が、サタナトスを見つめる。
「足跡から見て、部隊の殆どはアズリーサが倒しているハズなのに、そんな彼女が連れ去らわれた。相手はどんなヤツだった?」
妹をさらったのが、時空を瞬時に移動できる剣の持ち主などと、知る術も無いサタナトス。
「わ、わかんないよぉ」
「わたし達、水の中で息を潜めてたんだから」
「まったく、役立たずが……」
「え、サタナトス?」
「ど、どうしたの?」
「気安く呼ぶんじゃない。ボクは、これから街に戻ってアズリーサを救い出す」
「わ、わたし達は、どうなるの?」
「勝手に、生きていくんだね。今のキミたちには、お似合いの場所じゃないか」
「そんなの無理だよ。見て」
「そこら中に、バッタがいっぱいなんだから」
少女たちが指さすオアシスの木々や果実に、バッタの大群が群がっていた。
「おかしいな、何で急に。今までバッタたちは、どうしてここを襲わなかったんだ?」
兵士や村人の死体にも、いつの間にか多くの羽虫が群がっている。
「ここは渓谷の村やキャス・ギアの街からも、そこまで離れているワケじゃない。バッタの群れが、たまたま見逃していたのか?」
疑問に思ったが、妹の救出こそ何よりも優先された。
「ボクは行くよ。キミたちも、せいぜい頑張って生きてくれ」
サタナトスは、オアシスを後にする。
それから、二度と戻るコトは無かった。
残された13人の少女たちは、互いに助け合いながら生きようとするが、オアシスに茂った木々や果物は、ことごとくバッタに食い荒らされる。
空腹の少女たちの、誰しもが死を覚悟した。
けれども皮肉にも、バッタこそが彼女たちの食糧となる。
奇しくも、砂漠棲リザードマンとの融合によって、再び生を得た彼女たち。
相変異で硬くなったバッタの殻や棘のような脚でさえ、容易に消化するコトが出来たからだ。
砂塵はこの小さなオアシスを、人々の記憶から消す。
彼女たちが再び外界と接触を持つのは、しばらく後の物語のコトであった。
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