砂嵐
砂は舞い上がり、巨大なカーテンとなって全方位を覆う。
「こりゃ完全に、砂嵐ですぜ」
「位置が解らなくなって、砂漠で遭難する恐れがありやす」
剣や槍で武装した、やせ細った兵士たちが隊長に進言した。
「心配せずとも、既に礫の砂漠だ。オオカミの骨が、あちこち転がってやがる」
蜃気楼の剣士は、それが村長から聞いた話の通りであるコトに、ため息を付く。
「こ、これだけの数のオオカミを……」
「サタナトスってガキが、たった1人でやったんですかい」
キャス・ギアより派遣された兵士たちは、少年の痕跡に驚愕した。
「この先が、オアシスなのであろう?」
ムハー・アブデル・ラディオは、自身の剣を持たせている少年に問いかける。
虚ろな目をした少年は、コクリと小さく頷いた。
「まったくラディオさまが、質問されておられるのに……」
「愛想の無いガキだぜ」
それでも少年は口も開かず、ただひたすらに剣を運んでいる。
「お前、名を何と言う?」
「……ケイダン」
「そうか、良き名だ」
ラディオには、少年が辛い目に遭って来たコトは、容易に想像ができた。
けれどもそれ以上は聞かず、目的地へと歩みを進める。
砂嵐は視界をほとんど遮り、近くであるハズのオアシスすらも隠してしまった。
「凄い砂嵐だわ。周りの様子が、殆ど見えない」
オアシスにて兄の帰りを待つアズリーサも、同様の現象に悩んでいる。
「この砂嵐じゃ、兄さんも遅くなりそうね」
「ねえ、アズリーサ」
「誰かこっちに来るよォ?」
「え、アナタたち、解かるの。兄さんかしら?」
「タブン違うと思う」
「それに、一人じゃないみたい」
アズリーサによって、砂漠棲のリザードマンと融合し甦った少女たち。
彼女たちは、砂嵐の中でも僅かな視力を発揮した。
「砂嵐を避けたいだけの、冒険者って可能性もあるケド……嫌な予感がするわ」
アズリーサは、13人の少女たちに指示する。
「アナタたち、オアシスの泉の中に潜って。合図するまで、出てきちゃダメよ」
「わ、わかった」
「アズリーサも、隠れた方がいいよ」
「そうね、解ったわ」
アズリーサも、木陰に身を潜めて様子を伺う。
辺りには低木しか生えておらず、オアシスの面積もそこまで大きくは無かった。
「ここじゃ簡単に、見つかっちゃうわね。かと言って、あのコたちみたいに長く潜ってられないし」
すると砂のカーテンの中から、大勢の人間が姿を現す。
「ホ、ホントに、オアシスがありやしたぜ」
「緑に覆われて、果物まで実ってます」
「水だって、たんまりとあるぜ。魚も泳いでやがる」
飢えに苦しんでいた兵士や村人たちにとって、オアシスの光景はまさに楽園だった。
「お前たち、警戒は怠るなよ」
ケイダンから剣だけを受け取ったラディオが、臨戦態勢を取りながらオアシスの様子を伺う。
「ここは、砂漠棲のリザードマンたちの縄張りらしいが、どうやら気配は感じられねえな」
「子供たちの話じゃ、オアシスのリザードマンは」
「サタナトスが倒したって……なあ?」
村長の付き添いとして来た村人が、ケイダンに質問を振った。
けれども少年は、俯いたまま答えない。
それはマルクが付いた嘘であり、真実では無かったからだ。
「ムッ、そこに誰か居るのか?」
微かな気配を察したラディオが、木陰に剣先を向ける。
「……アズリーサ?」
少年が、ポロリと呟いた。
すると低木の影から、蒼い髪の少女が姿を現す。
「この娘が、件(くだん)の娘か?」
「へい。ウチの村の教会で、孤児として食わせてやっていた……」
「アズリーサに、間違いありやせん」
「兄の方の姿が、見えんようだが」
ラディオの言葉に、アズリーサの顔が強張った。
「おい、ラディオさまが質問されているのだ」
「サタナトスはどこだ。さっさと答えないか!」
村に暮していた時と同じ、高圧的な態度の2人の村人。
「兄はここには居ません。逃げました」
「逃げただとォ。アイツがお前を捨てて、逃げるハズがなかろう」
「ケイダン……無事だったのね」
村人たちの怒声を無視し、幼馴染みの少年に語りかけるアズリーサ。
「マルクやキノたちも、元気よね。ね、そうでしょ?」
けれども少年は、唇を深く噛み俯くだけだった。
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