トレード
「今日は、デッドエンド・ボーイズのメンバーも一気に増えたよな」
その日の夜、ボクは自宅に帰って、風呂場でその日あったコトを思い出していた。
柴芭さんと金刺さんが選手として加わって、セルディオスさんが監督になってくれた。千鳥さんは、出向とかいうヤツみたいだケド……」
湯気で白くなった天井を見つめる。
「でも人数が増えたってコトは、ボクの出場枠もかなり危うくなって来たのかも。このままドンドン凄いメンバーが増えたら、いずれはチームを追い出されるんじゃ……」
「ねえ、カーくんまだぁ。後がつかえてるんですケドォ」
「なんだよ、奈央。自分家にだって風呂はあるだろ」
「今日は親が泊りなの。わたし一人で入るの、もったいないでしょ」
「仕方ないなあ。今出るよ」
タオルを巻きつけ脱衣場に出ると、ブカブカのTシャツ姿の幼馴染みがいた。
「ふ~ん。しばらく一緒に入ってないウチに、たくましくなったね」
「一緒に入ってたのなんて、小学校低学年までじゃなか。そりゃあボクだって、成長はするよ」
「まあ、身体だけは大きくなったよね。昔はわたしより、小さかったのに」
「中身は子供のままだって、言いたいんだろ」
「それはある。まだまだ子供っぽいモン」
奈央はスカートの横のフックを外すと、大きなTシャツから伸びた脚を後ろに曲げて、落ちたスカートをすくい上げた。
「これでもボクなりに、考えてるんだ。中々上手くいかないケド」
「高校生でプロ契約してもらえたんだから、上手く行ってるじゃない」
「そりゃあ……でも、いつクビになるか」
「プロって、そう言う世界でしょ?」
う……反論できない。
確かに、奈央の言う通りだ。
「まあ、頑張りなよ。わたしも、応援してあげるから」
「な、何だよ、偉そうに」
「はいはい。乙女が着替えるんだから、出てって、出てって」
ボクは、脱衣場を追い出される。
「着替え……まあいいか、新しいのを出そう」
ボクはタンスから新たな服を出して着ると、オレンジジュースをコップに注いでソファに座った。
「今日は、倉崎さんの試合があるんだ。しっかり観ないとな」
薄型テレビに、広島のスタジアムが映る。
「ここは5万も入るスタジアムだケド、満員だな。最近のリヴァイアサンズは、倉崎さんが鮮烈デビューして人気が上がってるよね」
巨大な観客席に、それぞれのチームカラーの旗(フラッグ)が揺れ、入場テーマが鳴り響いた。
『いやあ。この巨大なスタジアムに、割れんばかりの歓声ですよ、末林さん』
『広島のサポーターも、恐らくは倉崎のプレイを見に来たんではないでしょうかね』
いつものお調子者の解説の人が、調子のいいコトを言ってる。
『えー、ここで少し残念なお知らせがあります。長年オーシャンズのキャプテンとしてチームを牽引してきた江坂選手が、チームを離れ2部の長野への移籍が決まってしまいました』
……え、江坂選手が、移籍!?
『そうですか。最近は出番も減っていて、倉崎を中心としたチーム作りでしたからね』
『江坂選手の強引な突破からのシュートは魅力的ですが、ショートパスを繋いで、完全に崩し切ってからフィニッシュを狙うチームのコンセプトとは、合わなかったのかも知れません』
江坂選手は、ボクが小さい頃からチームのエースで、ファン感謝デーでは無口なボクに快くサインをしてくれた。
そんな江坂選手が、移籍だなんて……。
『残念ではありますが、新天地でも頑張って欲しいモノですね』
『江坂選手の長年の経験とキャプテンシーが、長野でも発揮されるコトでしょう』
試合は、倉崎さんの1得点2アシストもあって、リヴァイアサンズが4-1と勝利を収めた。
試合後、サポーターから花束を送られ、名前をコールされる江坂選手。
「江坂選手クラスでも、こうやってトレードされてしまうんだ。ボクも、もっと頑張らないと……」
居ても立ってもいられず、ボクはボールを持って庭先でリフティングを始める。
「アレ。カーくん、居ないと思ったら、こんなところでなにやってんのよ?」
「ボクは、みんなより劣っている。紅華さんほどドリブルは上手くないし、雪峰さんみたいな冷静さやキャプテンシーも無い」
「お風呂上がりでリフティングなんかしたら、汗になっちゃうよ」
「黒浪さんみたいな凄まじいスピードも、杜都さんみいたいな強い身体も無い」
「チョット、聞いてる!」
「ねえ、奈央。ボクの魅力って、なにかな?」
「ふえ……どど、どうしたのよ、唐突に!?」
「自分のコトって、自分じゃよく解らないんだ」
「そ、そうね、カッコいいとこかしら。最近アンタ、背も伸びてカッコよく……」
「真面目に答えてよ!」
「えええッ!?」
その日、ボクは晴れない気持ちのまま、夜遅くまでリフティングを続けた。
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