箙(えびら) 千鳥
「あ~、たまに居るよな。あんなオッサン」
「不摂生(ふせっせい)が祟ると、あ~なっちまうんだな」
紅華さん、黒浪さん、それウチの監督なんですケド!?
「こらこら、金刺くん。人様に対して、いきなり失礼だよ」
「おっちゃん、気ィついとらんから、大丈夫やろ」
確かにセルディオスさん、全然気づかずに美味しそうにビール飲んでるモンな。
「イヤァ、大会は燦燦たる結果でしたがね」
「もう少し行けるかと思ったんですが……」
「まったく歯が立たずで、お恥ずかしい話ですよ」
「まあ、優勝したチーム相手とは言え、30点は取られ過ぎやろ」
勝手にエントリーした金刺さんが、偉そうにふんぞり返って、サーフィス・サーフィンズの社員さんたちをたしなめてる。
「ではありますが、あのチェルノ・ボグズ地から1点を挙げられたのは、素晴らしい戦果だと思います」
「そんで1点取ったのは、やっぱお前か、イソギンチャク?」
「しれっとイソギンチャク言うなや、桃色サンゴ」
「桃色サンゴって、どんなだ?」
紅華さんが涼しい顔で、スマホで検索する。
「へー。めっちゃ高級な宝飾品じゃん」
「……ッな、シライトイソギンチャクかて、けっこうな値段するんやで」
「そこ、張り合うところじゃ無いですよ。まあ、1点取ったのは、彼なんですケドね」
佐藤さんが、一番背の高い男の人を指し言った。
「あんなん、殆どワイの得点やろ。河野さん、押し込んだだけやないか」
「なんだ、お前は無得点かよ」
「せやから殆どワイの……ま、ええわ。結果は結果やからな」
「大体お前、サッカー上手いのか?」
「なんや。ワイがサーファーやからって、疑っとるのか」
「だってなあ。年中サーフィンしてるんだろ?」
「アホか。サーフィンは、年中やれるスポーツちゃうで。冬は、スノボに転向するヤツもおりよるが、ワイは寒いの苦手やからな」
「そんでオフシーズンは、サッカーやってんのかよ」
「腕前の方は、後で見せたるわ」
「ボールに乗って、スっ転ぶ姿が目に浮かぶぜ」
紅華さんの嫌味は、半分だけ当たっていたことが後で判明する。
「だけど佐藤さん。コイツ、ウチに入るっつっても、プレーヤーとしてだろ?」
「当然、そうなりますね」
「なら、動画は誰が撮るんだ?」
「ええ、それについてですが、千鳥くんにお願いする予定です」
「ア、はい。ボクがカマラマンとして、皆さんの様子を撮影させていただきますね」
大きな帽子を深く被った小柄な人が、チョコンと手を挙げた。
「お前がか。でも、大丈夫かよ」
調度、隣に座っていた黒浪さんが、その人の腕や胸をペタペタと触り始める。
「これから夏になるし、こんなヒョロヒョロな身体じゃ、熱中症でブッ倒れちまうぞ?」
「……ヒアッ!?」
甲高い声を上げる、千鳥さん。
「千鳥は、女やで」
「ふえ」
胸を触ったままの黒浪さんが、完全に固まった。
「言い忘れてましたね。彼女はキミたちと同じ高校1年の、女子高生ですよ」
「で、でで、でも今……ボクって?」
「いわゆる、ボクッ子と言うヤツだろう」
雪嶺さんが、いたって冷静に指摘する。
「やっちまったな、クロ。セクハラ行為で、刑務所行きだ」
「そ、そんなぁ」
頭を抱えて、テーブルにひれ伏す黒浪さん。
「い、いえ。そんな大事にしませんよ。ボクの胸なんてペッタンコで、触った感じしませんから」
顔を真っ赤に染めて、胸を押える千鳥さん。
「いや、そんなコトねえぞ。小さくても、けっこう柔らかかった……あッ!」
「へー、柔らかかったんだ。二ヒヒ」
紅華さんが、嫌な笑い方をする。
「もう、止めてください!」
「ゴ、ゴメンな。オレさまがアホなばかりに……」
深々と頭を下げる、黒浪さん。
「気にしないで下さい。ボク、ドリンクバー取ってきます」
千鳥さんは、恥ずかしそうに駆けて行った。
「レディを、からかうものでは無いよ、紅華くん」
「ヘイヘイ、悪かったよ」
「ボクも迂闊でしたね。ちゃんと『彼女』と紹介すれば、良かったのですが……」
「千鳥は見た目、男の子やからな。しゃあないんちゃうか」
「えっとまあ、とりあえずウチからは、金刺くんと、箙(えびら) 千鳥くんに出向いて貰うつもりです。仲良くしてやって、下さいね」
こうして2人は、デッドエンド・ボーイズに加わるコトとなった。
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